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 保健室で大泣きしたお陰か、自分の中に抱いていた蟠りを解くことが出来たらしく、今までの気まずさが嘘のように武藤くん達と関われるようになった。それでもまだ私自身、どうしても身構えてしまいがちなので、完全に打ち解けたとは言い難いが。だが、それでも本当に嘘の様であるし、何度も夢かと思ったが、紛う事無き現実である。
 それでも、やはり直後は怖かった。教室に戻る事を渋っていると、城之内くんに大丈夫だからと半ば強引に教室に引っ張られた。怖々と教室に戻ると、真崎さんも武藤くんも何も無かったかのように接してくれた。真崎さんには、私が逃げるように保健室に行ってしまっていた事もあり、多少の心配はされたものの、それでも私に対する疑念や嫌悪などの感情はまったく感じられず、私が抱いていた気まずさはただの独りよがりで一方的な気持ちであったのだと思い知らされた。二人と軽く会話を交わした後、席に着いてからチラリと城之内くんの方を見ると、笑いかけてくれた。私もつられて微笑み、会釈した。
 その日の放課後は、初めて私の方から彼らに一緒に帰ろうと話しかけた。


「えーそれでは文化祭の催し物を決めたいと思います!」

 真崎さんの挨拶で今日のホームルームは始まった。議題は真崎さんが言った通り、文化祭で私のクラスが行う催し物についてである。
 高校生活初めての文化祭が、遂に来週に迫ってきた。親に文化祭の事を話したら随分早いのだと驚いていた。普通は秋頃にやるものらしい。
 正直、この話題が周りで上がるようになっていた当初は全く乗り気ではなかった。どうせ一緒に回ってくれる人もいないのだから、1人でいるくらいなら当日はサボってしまおうかなんて卑屈な気持ちすら抱いていた。しかし、先日の一件が解決して武藤くん達とごく普通に関われるようになってからは、いつのまにか来週が待ち遠しくなっていた。我ながら単純である。
 だが、入学当初の事を考えると、こうして真崎さんと一緒に回ろうねなんて会話をすることが出来るようになったと言う事が本当に夢の様だったし、楽しみに思ってしまうのも仕方ないと思う。会話をした時の事を思い出す度、思わず頬が緩んだ。

「なにかいい案のある人は手をあげてー!」
「ハーイ」
「ハーイ」

 真崎さんの呼びかけにパラパラと手が挙がる。お化け屋敷が良いとか焼きそばで良いとか、皆口々に好き勝手案を出していく。お化け屋敷は楽しそうだと思ったが、真崎さん曰く別のクラスが既に案として提出してしまったらしい。

「みんなーオレの意見を聞け〜! 文化祭といやぁ一大エンターテーメントなワケだぜー! やるからには他のクラスの客を奪いとるくらいの根性を見せなきゃダメだぜー!」

 突然城之内くんが立ち上がり声を張り上げる。不良の彼はこういう集団でのイベントにはやる気を示さないものだと思っていたが、どうやら真逆の性格らしかった。その表情からは相当なやる気と気合いが伺える。その勢いに気圧されてか、クラスの人達も何か良い案でもあるのではと期待を含んだ目で見つめた。

「――というワケでこれはもう『お色気』で勝負に出るっきゃねー! 名付けて『リアル女子高生キャバクラ!!』 女子は全員あらゆる客の好みにこたえるコスチュームを」
「ひっこめ城之内ー!」
「死ね!」

 クラス中が僅かでも抱いた期待はあっという間に砕かれ、女子はそのほぼ全員が城之内くんに向かって色々なものを投げつけながら怒りと罵詈雑言を浴びせた。いくつか女子が投げた物の流れ弾が周りの席の人達に当たっている。私はそんな様子を横目に見ながら、黒板に書かれていく催し物の案を眺めて溜め息をついた。
 楽しみだとは言ったものの、催し物に関してはそれ程興味が無かった。まだ右手首が完治していない以上、まともに準備や手伝いが出来るとは思えなかったし、それが申し訳なくも思った。更に言ってしまえば、特に飲食系は、準備の段階で検便を提出しなければいけないので、それがとても面倒な事に思っていた。個人的には飲食以外のものなら何でも良いのである。
 クラスメイトは真崎さんが困っている様子も構わずに好き勝手に案を出していく。慌てた真崎さんは教卓で一度メモを取ってから黒板に残りの案を書いていった。プロレスとか出した奴誰だ。

「一応まとめると……こんな感じかな……」
「なんかパッとしたのがねーよな…」

 自分の案を全否定された城之内くんが怠そうに文句を言っているのが聞こえた。出てきた案は無難だったりイメージが湧きにくいものだったりで、絶対にこれが良いと思えるものは無い。花咲くんの出したお笑いマンガ道場って何なんだろう。

「まだ意見出してない人…あ、名前さん何かある?」
「えっ」

 突然指名されたので驚いて真崎さんの方を見る。何か意見を出さなければ。しかし、当てられると思っていなかった上に、特別何かやりたい事があるわけでもないので、咄嗟に案は浮かんでこない。どうしようかと狼狽えて首を横に振ると、真崎さんはそれじゃあと武藤くんに当て直した。申し訳ない。
 武藤くんは何かあるのだろうかと彼の方を見ると、少し照れながら彼はこう答えた。

「ウ…ウーンそうだな…やっぱゲームかな…カーニバルゲーム!! ほら…遊園地とかにあるやつ…」

 カーニバルゲーム? 遊園地には久しく行っていないので今いちイメージは浮かんでこない。でも名前からは何だか楽しそうな印象を受ける。恐らく他のクラスに同じ事を考えてるところも無いだろう。
 クラスメイトもほぼ全員が武藤くんの案に賛成の意志を示した。先程まで不貞腐れた態度だったはずの城之内くんも机の上に足を乗せてすっかりやる気だ。そんな様子を武藤くんが嬉しそうに見ていた。
 ホームルームの議題は早速そのままゲームの内容に移った。皆口々にあれがやりたいこれがいいと案を出していく。個人的には射的が楽しそうだ。右手首の怪我があるので遊べるかはわからないが。

 予算の都合や多数決で最終的にゲームは三つに絞られた。もうすぐホームルームが終わってしまうので急いで役割分担も決めた。
 入学当初に絵を描くのが趣味と言っていた事をクラスメイトの誰かが覚えていたらしく、私は看板の制作を担当する事になった。自分に務まるかと言う事に些か不安はあったが、任された以上は責任を持って取り組むしか無い。手首の事も不安だったが、他にも何人かが担当として就いてくれるので、あまり無理をする必要は無さそうだと安堵した。ただし、コミュニケーションを取れる自信は無い。
 文化祭開催までは僅か一週間しかない。この学校は準備期間が短い分、その間授業は行わない。こんなやり方で授業時間数は大丈夫なのかと思ったが、創立から今までずっとこのやり方で行ってきたらしいので恐らく大丈夫なのだろう。
 放課後、早速看板班は集まってデザインの検討を始めた。クラスの中でも真面目な子が一緒にいたお陰か、進行はその子がテキパキとやってくれた。



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