08


 あの日以来武藤くんと気まずい。
 気まずくしたのは私なのでそれに関しては何も言うつもりは無いのだが、相も変わらず城之内くんが私に絡んで来る度に、武藤くんに話を振られたらどうしようかと嫌な汗をかいた。しかしどうやら、武藤くんは先日の一件を周りに話してはいない様だ。別に話されても全く構わなかったのだが、彼なりに周りに気を遣った結果なのだろう。大きく変わった事はこれと言って無いが、強いて言うなら武藤くんと目が合ってもすぐ逸らしてしまう様になった。

「あ〜終わった終わったー」

 いつも通り授業が終わり、城之内くんが疲れたと言わんばかりに伸びをする。私も疲れたからか欠伸が出た。両手で口を覆い隠す。
 さっさと帰ろうと鞄を出していると、武藤くんと城之内くんの声が聞こえてきた。最近、近所に新しいバーガーショップが開店したらしい。バーガーショップと聞くと先日の事を思い出してしまって胃が痛くなる。
 武藤くんが後方の席で帰り支度をしている真崎さんを誘っていると、城之内くんがこちらを見た。嫌な予感がする。

「折角だし名前も一緒に行かね?」

 何が折角なのか分からない。武藤くんは真崎さんと話していてこちらには気付いていないらしい。思わず顔を歪める。それを見た城之内くんにハンバーガーが嫌いなのかと訊かれたが、どちらかと言うと私はハンバーガーは好きな方である。じゃあ何でと訊かれ、まさか先日の事を話すわけにもいかず、言葉に詰まる。

「……き、今日、ちょっと手持ちが無いの。それじゃ」

 返答も待たずに教室を出る。実際は財布も持ってきているし、中身もどこかでお茶するだけの量はある。
 頭の中で武藤くんに言ってしまった言葉が何度も響く。考えれば考える程馬鹿なことを言ってしまったと思う。後悔ばかりが体中を支配する。何故あの時ああ言ってしまったのか。結局自分が憶病者故に自分が傷つかない為の防衛ラインを張ったつもりだったのかも知れない。その結果が、関係の現状維持はおろか後退させてしまったのだから、自分の過去からの学ばなさにはほとほと呆れる。

「あ、名前さん」

 ハアと溜め息を吐きながら下駄箱から靴を取り出していたら、真崎さんに会った。急いでいたのか、少し息を切らしている。武藤くん達の誘いを断ったのだろうか。

「名前さんも遊戯達の誘い断ったの?」
「う、うん」
「それが正解ね〜『バーガーワールド』は評判悪いし! 名前さんも絶対行っちゃ駄目よ! お金の無駄無駄!」
「? わ、わかった…」

 元々行くつもりも予定も無かったのだが、これだけ念を押されてしまうと逆に気になってしまう。今度買い物ついでに寄ってみようか。
 真崎さんはさっさと靴を履き替え、早足で玄関を出て行った。先程も急いでいたみたいだし、何か用事があるようだ。特に用事もない暇人はのんびり帰るかなと玄関を出た瞬間、誰かに肩を掴まれた。

「え? あれ? 城之内くん?」
「しーっ! おい名前、今から杏子の跡をつけるぞ」
「え? な、何で?」

 訳が分からないまま城之内くんに腕を引っ張られる。その左側前方には武藤くんがいる。実に気まずい。あちらもそれを感じているのか、私の方を見ない。最悪だ。私はいいと城之内の腕を振り払おうとするが、まあ話を聞けと離してくれない。

「実はよ、最近杏子が付き合いわりーのは援交してるからじゃねーかと思ってよ。尾行してその決定的瞬間を見てやろうって魂胆よ!」

 歩きながら城之内くんは私に説明をする。どうやら真崎さんも最近極端に付き合いが悪かったらしい。それを私に言うのはあてつけかと思ったが、城之内くんは恐らくそこまで考えていないだろう。お前も友達として見逃すわけにはいかねーだろなんて言われた。友達という言葉に武藤くんに言った言葉を思い出してしまい、思わず武藤くんの方を見た。相変わらずあちらは私を見ない。
 建物の陰から真崎さんの姿を確認する。歩いている方向には繁華街がある。確か場所によっては大人が行く様なお店が並んでいる通りもあったはずだ。真面目な真崎さんに限ってそんなことは……とは思うが、あまり考えたくない。
 だが、それ以上に、目の前にいる武藤くんに対してどうすれば良いのかが私の頭を一番悩ませた。

「おーっと杏子がある建物に入ったぁぁー! そこにオヤジが待ちうけてるのかー!!」

 真崎さんの跡をつけていくこと十数分。真崎さんが建物の中に消えた。城之内くんは宛らテレビのリポーターの様な口調でその後を追う。
 私と城之内くん、武藤くんと城之内くんで会話をする事はあれど、私と武藤くんが会話を交わす事は無かった。お互いに変に意識してしまっているからなのだろう。何度か話しかけてみようかとも思ったが、あんな事を言ってしまった後に今までの様に話しかけていいのかが分からなかった。
 真崎さんが消えた建物は、最近出来たらしいというバーガーワールドだった。あれだけ不味いから行くべきではないと念を押した場所に、何故その本人が入っていったのだろう。私達3人は頭に疑問符を浮かべながらも、見失ってはいけないとお店のドアをくぐろうとした。



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