06


 結局、件の映像は特集として都合のいい様に編集され、世間のお茶の間に放送されてしまったらしい。らしい、と言うのは生憎私がその放送を確認していなかったからである。元々あまりテレビを見る方ではなかったので、放送当日もその番組の存在を知る事も無く自室で過ごしてしまっていたのだった。
 その事を知る事が出来たのも、放送があった次の日に教室で城之内くんが大騒ぎしていたお陰である。それを見て、つくづく私は周りの事に対して無頓着なのだと思った。

 その数日後、奇妙な噂を耳にした。私の耳にすら入るくらいそれは周りに浸透している噂だった。あの番組を担当したディレクターが、突然気が違った様になってしまったと言うのだ。あくまで噂に過ぎないので、その内容に信憑性は無いのだが。あの日テレビ局の場所を尋ねてきた、あの強い瞳の武藤くんが頭にちらつく。
 彼はテレビ局の場所を聞いてどうするつもりだったのだろう。まさか放送をしないでくれと頭を下げに行った、なんて言う事は有り得ないだろう。彼が何者なのかもよくわかっていない。どうやらあの雰囲気を帯びた武藤くんを知っているのは私だけの様なので、誰かに相談しようものなら今度は私の気が違ったと言われてしまいそうだ。
周りに無頓着な私が、妙に武藤くんの事だけは気になった。

「オース! 遊戯!」

 城之内くんのやかましい声が教室に響く。声の先にいる武藤くんがおはようと挨拶を返すが、その様子はどこか気だるげだ。武藤くんの観察(見方を変えればストーカーであるという自覚はしている)を行う様になってから、最近の私は武藤くんの多少の変化ならすぐ気付ける様になってしまった。たぶん観察日記を書かせれば、小学生が夏休みに行うそれよりもよっぽど面白味のあるものが書ける気がする。

「遊戯、あれから調べたんだけどよーやっぱこの学校にアイドルいねーみてーな!」

 まだ信じてたのか。武藤くんも同じ事を思ったらしく、椅子から立ち上がりながら驚きの声を上げる。結局あの時も、アイドルがいると言う話はテレビ局の人間が武藤くんを利用する為にでっち上げた嘘だったというのに。その行動力とポジティブさには呆れを通り越して感心してしまう。性格だけはギャンブル向きかも知れない。

「そこでだ! 遊戯、オレがこの学校のアイドル1号になる!!」

 その積極性は就職活動では有利に働いてくれるかも知れないが、今発揮すべきものでは無いと思う。当人は気付いていないが、周りで聞き耳を立てていたらしいクラスメイトがくすくすと笑っている。私も笑いそうになるのを頬を噛んで耐えている。

「オース! 名前!」
「え? あ、お、おはよう……」

 血が出るのではと思うくらい頬を噛んで笑うのを堪えている間に城之内くんがこちらに近付いていたらしい。突然近くで挨拶をされ、身体が跳ねる。
 もうすっかり城之内くんが私に挨拶をくれる事は当たり前になっているのだが、それでもどうにも慣れない。不良が普通なら関わらない様な地味な女子に挨拶をするからか、冴えない女子が顔の良い男子に挨拶をされているからかはわからないが、周りの視線が痛く感じる。実のところ、折角今まで大人しく穏便に学校生活を送ってきたのに、最近その平穏が脅かされている様な気がして、城之内くんとは距離を置きたかった。話しかけてくれるのは嬉しいのだが、まだ城之内くんがどんな人なのかも分からないのに彼に踏み込んでいく事は、過去の記憶が警鐘を鳴らしていた。

「……名前、お前も何か悩み事でもあんのか?」
「え?」
「いつもの元気が無いぜ名前! 力になるから何かあるなら話せよ!」
「え? え?」

 引き気味な態度になってしまったのが誤解を与えてしまったらしい。私の机に両手を置き、体重をかけながら私に詰め寄る。勢いに気圧され、私は椅子ごと後ずさる。そもそも私は普段から城之内の様に元気溌剌としていない。いつもの元気とは何を言っているんだ。
 敢えて言うとしたら、先述した通り城之内くんがそのように私に絡んで来る行為そのものが悩みなのだが、ここでそんな事を言おうものなら更に拗れた状況になるのは明白なので口を噤んだ。

「べ、べべ別に何も無いですよ……」
「そっか……なら良いんだけどよ!何かあったら言えよな!」

 自分でも視線が泳いでいるのが分かったが、城之内くんは疑いの欠片も見せない様子で私の肩を叩く。ちょっと痛い。周りの視線はもっと痛い。正に今私の悩み事が悪い方向へ加速している。
 それにしても、私はともかく武藤くんに元気が無いと言うのはどうしたのだろう。何かを隠している様に思える。牛尾との一件の時も、彼は周りを巻き込む様な選択は避けている様だったから、何か問題があっても1人で何とかしようとしてしまうのかも知れない。どう見ても1人で解決出来る力なんて持っていない癖に。
 しかし、それが彼の選択した事であるとするなら、私がどうこう言う事は無い。非情な奴だと思われるかも知れないが、何度も言う様に私は平々凡々な生活を送りたいのだ。武藤くんが助けを求めると言うのなら話は別だが、何も言ってこない時点でこちらから首を突っ込むなんてことはしたくない。
 ただ、あくまでここで考えている事は私の憶測にしか過ぎない。ひょっとしたら武藤くんはただ眠たかっただけかも知れないし、登校中に運悪く犬の糞を踏んでしまったのかも知れない。人が元気を無くす原因などいくらでもある。
 チャイムが鳴り、4限が終わる。あまり気にする必要も無いかと、私は鞄から弁当箱を取り出し、武藤くん達に見つからない様に、購買へ向かうクラスメイト達に紛れて教室を出た。



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