05


 寝ぼけ眼で携帯を開いたら本来家を出なければいけない時間だった。途端にまだ半分寝ていた脳味噌は覚醒し、身体もその字の通り飛び起きた。やばい。寝坊した。そういえば今日は両親とも朝は早いと言っていた。母親目覚ましに頼り切っていた私の一生の不覚だ。ベタな漫画宜しく食パンをくわえながら家を飛び出す、前にきちんと玄関の鍵を閉める。エレベーターより階段で下りて行った方が早い。鞄を抱え、脇目も振らずに走り出した。

 力の限り走ったお陰か、何とか学校には間に合いそうだ。久しぶりの全力疾走に心臓と脹ら脛と肺が悲鳴を上げている。呼吸を落ち着かせるためにゆっくり歩き出す。

「お、名前じゃねーか! うっす!」

 聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。振り向くと、武藤くんと城之内くんだ。
 息が上がってしまっているので、おはようを言う代わりに手を振って挨拶の意を示す。武藤くんがそれに合わせて手を振り返してくれた。

 先日、牛尾と言う風紀委員の起こした一件について、余計な火種を巻いてしまった事を城之内くんと本田くんに謝った。所謂不良である彼らに非を詫びる事は堪らなく怖かったが、武藤くんの助力もあって、何とか彼らに直接謝罪をする事が出来た。どんな反応をされるのか緊張したが、予想に反してフランクな反応をされた。

「気にすんなって! 俺達不良はあんな事日常茶飯事だしよ!」

 そう言いながら乱暴に肩を叩かれた時に、安心から両足の力が抜けてその場に座り込んでしまった事が、今思い出しても恥ずかしい。
 それ以来、私の方から彼らに近付く事はしていないのだが、何故か彼らの方から私に近付いて来る事はあった。本田くんに言わせると「俺達と仲良くしてくれる女子が珍しいから浮かれている」らしい。仲良くした覚えは無いのだが、ちょっと嬉しいのが本音である。

「おいお前何そんな息切らしてんだよ」
「……ね、寝坊、した」

 乱れる呼吸を少しずつ落ち着かせながら答える。飲み物を持っていないか尋ねると、武藤くんがお昼用の水筒を持っていたので少し分けてもらった。ありがとうとお礼を言い、再び学校に向かって歩き出す。その後ろで、武藤くんと城之内くんが何か会話で盛り上がっている。気になったので聞き耳を立てたが、どうやら男子特有の下品な話だったらしく、気にしない様にして早足で学校に向かった。
 学校の前まで来ると、いつもと少し違う風景に眉をひそめた。1台のワゴン車が校門の前に停まっている。その車体には「ZTV」と書かれている。ZTVって確かちょっと前にやらせがどうとかでニュースになってなかったっけ。こんな面白味の欠片も無い学校に一体何の用なのだろう。車はマジックミラーらしく中の様子も分からない。気にはなったが、学校を目の前に遅刻は勘弁して欲しい所だったので、横目に見ながら玄関へ向かった。

 何とか遅刻せずに教室に着いた。ホッと胸を撫で下ろしながら席に座る。
 少し遅れて、上機嫌な様子の城之内くんと武藤くんが入ってきた。会話の内容は聞こえないが、アイドルがどうとかサインがどうとか言っている。朝のHRでテレビ局の車について何か先生から連絡があるかと思ったが、特に何も無かった。HR終了後に先生に尋ねたら、どうやら学校に取材等の連絡は来ていないらしく、どう対応するかをこの後の職員会議で決めるらしい。取材の許可を学校に求めていないというのはテレビ局としてどうなのかと思ったが、先生達が対応するなら大丈夫だろうと、この件に関して考える事を止めた。

「え〜っアイドル〜!?」
「おお! その証拠に校門の前にテレビ局の車が停まってたんだぜー! なー遊戯!」

 考えるのを止めたと言ったのに、横から話題をほじくり返す大声が聞こえてきた。しかも学校にアイドルがいるとかいないとか、明らかにありえない話をしている。さすがにそれは無いだろうと思いながら1限の準備を整える。

「アイドルなんかいるワケないわよアホらし!」
「いたらてめーひんむきの刑だぞー! なあ名前!」

 突然名前を呼ばれ、話題に参加を強いられた。え、と言葉に詰まる。

「ど、どうでも良いです」
「ほら名前さんだっていないって言ってるじゃない!」
「いないなんて言ってねーじゃねーか!」

 無関係のつもりで居た口論に巻き込まれた。城之内くんは一体何を根拠にアイドルの存在を信じているのだろうか。その横では、武藤くんが能天気にテレビ局の車気になるよなーなんてぼやいている。

「でも先生に聞いたら、学校の許可も取らないであそこにいるみたいだよ。……何か怪しくない?」
「そうなの? これから許可を取るんじゃないかなあ」

 許可を取っていようが取っていなかろうが、元々私はテレビ局に対してあまり良いイメージを抱いていない。嫌な感じがするからあまり関わらない方が良いと思うと武藤くんへ苦言を漏らす。武藤くんはそうかなあと私の言い分に納得出来ない様だったが、もう私が関わらなければ何でも良いやと会話を止めた。始業のチャイムが校内に響いた。



← |