03


 泣いてしまった所為で話し終えるまでに思ったよりも時間を要した。終業のチャイムが鳴った直後はまだ昇っていた筈の太陽がもう間もなく山の向こうに消えてしまいそうだ。夕焼けの赤が空に映えて綺麗だった。
 武藤くんも、私がこの件に関して全くの無関係では無いと知ったからか、昼休みに起きた事とその経緯を一通り話してくれた。あの風紀委員(牛尾と言うらしい)がボディーガードをすると迫ってきた事、頼んでもいないのに城之内くん達を酷い目に遭わせた事、その代価としてお金を請求してきた事、ナイフで脅された事など、聞いているだけでぞわぞわと背筋に嫌な感覚が走る。同時に風紀委員と言う立場でありながら今までボロを出さずによく上手にやってこれたものだと感心すらした。

「お金ってどうするか考えてる?」

 話を一通り聞き終えたところで一番気になっていた事を尋ねた。武藤くんの話曰く、牛尾の請求してきた金額は20万円。大人ですら簡単に出すには高額すぎる金額だと思う。武藤くんは何とかするよと笑って答えるが、その視線は明らかに宙を泳いでいる。私から見ても対策を考えていないらしいという事がわかった。嘘を吐くのが下手糞なタイプなのかな。

「……わ、私も、協力して良い?」

 えっ、と武藤くんはあからさまに驚きの表情を向けた。駄目だよ僕は大丈夫だから、と早口で何度もまくしたてながら全身を使って拒んでくる。だが、件のそもそもの原因は私の迂闊な行動にある。その私が武藤くんに謝ってハイおしまい、なんてしてしまうのは謝って許された意味が無いように感じた。

「お、お願い。元は私の所為だし、1人より2人の方が良い案が浮かぶかも」

 我ながらこれだけ人に食い下がるのは珍しい。自分で自分の行動に些かの疑問を感じながらも武藤くんに縋り付く。
 武藤くんは押しに弱いタイプらしい。まだ全然粘ったわけでは無いが、ううんと弱々しい声を出しながら了承してくれた。ちょろすぎる。
 ふと時計を見たら18時を過ぎていた。もうすぐ完全下校の時間だ。18時半になると校門が閉まってしまうので続きは武藤くんの家でということになった。こんな時間から家に邪魔するのも申し訳ないので電話かメールで良いよと言ったのだが、武藤くんに全く問題は無いと言われてしまっては他に断る理由を見つけることは出来なかった。

「あっ、でも苗字さんは門限大丈夫?」
「私ん家共働きで2人とも遅いから大丈夫。いつも帰り10時くらいとかだから、それまでに帰れれば」

 そう言ってから門限を理由に断れば良かったと気付いた。変なところばかり正直に話してしまう自分の阿呆さを悔やんだが後の祭りである。
 バスに揺られながらお金をどうすればいいのかをああでもないこうでもないと議論を交わす。家族にはとても言う事は出来ないらしい。だからと言って自分達で何とか出来る程お金も持っていない。お互いの財布の中身を確認してみると、私の財布の中には5000円札が1枚と小銭が600円分程、武藤くんに至っては1000円も無かった。苦笑いと共にどんどんお互いの表情が曇っていく。
 バスを降りて5分程歩いた所に武藤くん家があった。住居と言うにはちょっと変わっている外観のその家は、どうやら個人経営のお店も兼ねているらしい。武藤くんは、僕ん家はじいちゃんがゲーム屋やってるんだぜーと嬉しそうに話す。ああだから昼休みにああやっておもちゃで遊んでいたのかと納得した。だが、おもちゃを持っている理由は理解したが、1人で遊んでいる理由にはならないのでやっぱりこの人友達いないのかなと我ながら失礼な事を考えてしまうのは仕方が無いという事にしておいてほしい。

「ただいまー!」
「……お、おじゃまします」

 そういえば、男子の家に遊びにいくのは初めてだ。意識した途端に妙な緊張が身体を走る。人の家に遊びに行くことすら小学生以来だと言うのにまだ会話をして日も経ってない男の子の家に行くとは色々と踏むべき順番をデイダラボッチの如き一歩で踏み越えてしまったような気がする。
 更によくよく考えてみれば人前で泣くと言うのも久々だった。ひょっとしてとても恥ずかしい所を武藤くんに見られたのではないか。ていうか見られた。死にたい。ぐるぐると考えを巡らせている合間に武藤くん家の玄関をくぐっていた。奥からパタパタと軽快な足音が聞こえてくる。

「おお遊戯ー今日は遅かったのー。そちらのお嬢さんは?」
「ただいまじいちゃん。えっと、この人は苗字さん」
「こ、こんばんは……こんな時間にすいません」

 じいちゃんと呼ばれた老人は成る程確かに武藤くんと雰囲気が似ている。前髪なんて瓜二つだ。家族でお揃いって思春期の男子は嫌がりそうなのに。
 おじいさんにその顔はどうしたと聞かれて、武藤くんはしどろもどろに転んじゃってと答えた。全く頼りない孫だとからかうおじいさんに武藤くんが声を荒げる。

「もー! 僕はこれから苗字さんと大事な話があるんだから!」

 苗字さん早くと手招きをされて、私は慌ててそれに付いていった。それをおじいさんは興味津々と言わんばかりの顔で眺めてくる。

「お? お? 遊戯もいつの間にか女の子を部屋に連れ込む様になったのかの〜! 大事な話ってのはひょっとしてこれかの? それともこれか?」

 おじいさんはからかう様に小指を立てたり右手の親指と人差し指で作った輪っかに左手の人差し指を通したりする。武藤くんはふざけないでよじいちゃんと顔を真っ赤にしながら慌ただしく階段を上がっていってしまった。私もさすがにどう反応すれば良いのかわからず、ハハハと自分でも分かる苦笑いを浮かべる。これ時と場所によってはセクハラで訴える事が出来るぞじいちゃん。

「あの、武藤さん、私達そういうのじゃないので」

 人の家で声を荒げるわけにはいかないと思い、出来るだけ冷静に言う。ちょっと冷静さを意識しすぎて冷たい言い方になってしまった気がする。にやにやと意地悪そうな笑みを浮かべていた武藤くんのおじいさんは視線を逸らした。



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