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 嫌だと喚く私を城之内くんと本田くんが二人掛かりで乗り物の椅子に押し込んだ。端から見ると幼気な女子高生を襲う不良の図だが、実際は私が逃げようとしているのを二人が押さえ付けているだけである。あれ、大して変わらない気がしてきた。
 兎にも角にも、こうして嫌な予感しかしないアトラクションへの参加を強制された私は、海馬くんを含めた、私を此処に座らせるに至った全ての人間が玄関の扉に小指を挟む事をお天道様に祈った。小指を挟んで悶絶する海馬くんとか絵面が面白すぎるな。

「みなさんお乗りになりましたね!」

 乗り物には椅子が6つ有り、私は一番後ろの列の左側に座っている。右側は海馬邸の執事が同乗するらしい。スタッフが同乗するアトラクションって操作管理はどうするんだと思ったら、管理は別の部屋でモニター監視しているスタッフがしているらしい。
 私の前に乗った他の人達はシートが固いだの何だの好き勝手喋っている。私の丁度対角線上にあたる位置に座っている城之内くんに至っては、表情こそ見えないが、椅子の背もたれの影から見える腕が明らかに震えていた。ハハハざまあ、と内心笑った後に私も彼と同じ状況だという事に気付いた。馬鹿は私だった。

「では皆さん、安全確認をしますので、肘掛けに手を置いて下さい」

 執事さんに言われるまま、膝の上で組んでいた手を椅子の肘掛けに置いた。
 その数秒後、ガシャンという金属音が鳴ったと思ったら、肘掛けに置いた手が拘束されていた。何を言ってるのかわからねーかもしれないが私も何をされたのか分からなかった。ありのまま起こった事を話すと、肘掛けの両端から突然手錠のような半円の鉄棒が出てきて、両手を肘掛けに拘束したのだ。
 そして、立て続けに今度は何処からか頭に何かを被せられた。前の席の彼らの様子を見るに、何かコードのようなものが繋がれた奇妙なヘルメットだ。右側にはマイクのようなものがついている。コールセンターのお姉さんになった気分……にはなれない。

「えっ、ちょ、何これ? え?」
「おい!! てめー! 俺達をどーする気だー!!」

 狼狽える私達に、執事さんが不気味な笑いを浮かべ、つらつらとこれから行うゲームの説明を始めた。
 これからこの乗り物は『殺人の館』と呼ばれる場所(名前がダサい)へ向かうらしく、『死』のテーマパーク(前から思ってたけどこの名前もダサい)ならではの趣向を凝らした恐怖のアトラクションらしい。そして、この乗り物もそのアトラクションの一環として用意されたミニゲームだそうで名前が『死の電気椅子ライド』というそうだ。あまりのダサさに耳を疑った。神様は海馬くんを作る時に沢山の才能を与える代わりにネーミングセンスを奪ってしまったらしい。名前のあまりのダサさにゲームの説明が頭に入ってこないので海馬コーポレーションは社長以外の人間にネーミングを任せるべき。

「『死の電気椅子ライド』だとー!!」

 やめて城之内くん復唱しないで! 命が懸かってる筈なのに中学生の下手な自主制作映画の撮影みたいになっちゃう!
 私の心の叫びが誰かに聞こえる筈も無く、執事さんがこのダサい名前のゲームの説明を始めた。名前から察する通り、今私達が座っている椅子が電気椅子らしい。そして、声を上げたらヘルメットに繋がっているマイクがセンサーとして反応し、声を出した人の椅子に100万ボルトの電気を流してしまうとか。私達はこの乗り物に乗っている間、例え何が起きても決して声を出してはいけない、というわけである。
 ていうか100万ボルトって。100万ボルトって。ポケモンかな?

「何それ死ぬじゃん! 責任者に異議を申し立てます!」
「責任者は海馬様です」
「じゃあ海馬くんここに呼んできて下さい! クラスメイト殺すとか新聞のトップ掲載決定じゃん!」
「海馬様の手にかかれば事実を揉み消す事など雑作も無いのですよ」

 うわかいばくんつよい。そしてそれをさらりと言いのけてしまう倫理観の崩れた執事さんもつよい。海馬家に社会的倫理に沿った常識的な考えの人間は存在しないのだろうか。いや海馬くんの事だから告発者が出ようものならその人の家族から親族から友人まで血祭りにあげてしまうのかも知れない。私は海馬くんをマフィアか何かかと思っているのだろうか。でも実際そんな感じするのだから仕方が無い。彼の背後にリングをつけた守護者がいたらどうしよう。死ぬ気の炎でパンツ一丁で復活する海馬くん、面白すぎて私の腹筋が零地点突破しそう。

「あの、質問なんですけど、くしゃみや鼻をすする音でも反応しちゃうんですか?」
「しますな」
「やべえ誰かティッシュ頂戴今ちょっと鼻水詰まってる」
「名前ちゃんもうちょっとオブラートに包んだ言い方しましょうよ」
「つーか拘束されてんのにどうやって鼻かむんだよ」
「そうでした」

 さすがに執事さんに鼻をかむのを手伝ってくれだなんて言えない私は、鼻に感じる違和感をそのままにしておかざるを得ないのだった。これゲームの途中で鼻水垂れてきたらどうしよう。良い歳して鼻垂れ顔を公に披露してしまうなんて社会的な死を感じるし女としての終わりも感じる。せめて少しでも垂れてくる時間を引き延ばそうと何度か鼻をすすったら汚いから止めろと文句を言われた。いや一応控えめにしたんだからそんなに苦い顔しないでよ。すんって鳴らす程度だったじゃん。お淑やかにやったじゃん。

「おい皆ー! どんな事があっても声を出すんじゃねーぞ! 名前は鼻もすするなよ!」
「は、はい」
「城之内! お前が一番心配なんだよ!」

 これから声を出せないという抑圧された気持ちからか、一層コースター内は騒がしくなった。

「わ〜ん家に帰りたいよー!!」
「杏子…」

 柄にも無く愚図る真崎さんに私がかけられる言葉は無い。というか彼女以上に声を出しかねないのが私なので、どんな事を言っても恐らくお前が言うなと言われる。なので心の中で応援しておく事にする。がんばれがんばれできるできる絶対できるがんばれもっとやれるって!! 私の脳内の松岡修造もエールを送っている。
 こんなのが死因になりたくないので何が何でも声を出すわけにはいかない。舌を噛み千切ってでも耐えるしかない。うら若き乙女の年齢で死ぬくらいなら、せめて年金をいくらかもらってから死にたいものである。普段なら冗談にしかならない内容だが、今の状況では笑い話にもならない。だって100万ボルト。

「さあて私めも案内役を兼ねてこのゲームに参加させて頂きますぞ!! もちろん私が声をあげても電流は流れます! 皆様と全く同じ条件ですぞー!」
「執事さん心臓発作起こして死んだりしないで下さいね」
「さっきから思ってましたが貴方は随分と失礼な事を平気で口にするんですな」

 執事さんには劣ります。
 冗談半分で言ったら私の座席だけ流れる電流が倍になった。理不尽だ。

「さて、心の準備は出来ましたか! ゲームスタート!!」

 斯くして、クソダサい名前の命をかけたゲームが幕を切ったのだった。



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