27


 こいつらってたまに私の意思を無視するよなと隣に居る男達へ疑心を募らせながら歩いているこの場所は、DEATH―Tという中学二年生の右腕や右目を疼かせそうな名前のアトラクションへと続く通路内である。帰りたいと言いつつ結局こうして一緒に来てしまったのは断りきれない日本人という国民性なのだろうか。これなら率先しておじいさんの付き添いを買って出るべきだったが、後悔が先に立つ事など無いのである。
 ちなみにおじいさんの付き添いはいつの間にか城之内くんが花咲くんと連絡を取っており、彼がわざわざ行ってくれる事になった。折角の休日を友人の祖父という微妙な立ち位置の人の為に使う彼のお人好しっぷりは同い年として見習うべきなのか私には分からない。君の優しさが別の形で報われる事を心の片隅で祈ってる。

「ところで何で私がこの子おぶってんの?」
「悪いなぁーこいつが駄々こねるからよ」
「まあ別に良いんだけどさ。赤ちゃん好きだし」

 子連れ狼こと本田くんが背負っていた赤ん坊を何故か私がおぶっている。この若さで子持ちは学校が黙ってないんじゃ、と彼の学業を心配したら姉の子供だと訂正されたのはアトラクションの扉をくぐる少し前の話である。
 赤ん坊の名前はジョージというそうだ。赤ん坊の癖に妙に饒舌に喋るのは最近の子供の脳が発達してきているからなのかジョージが特別な存在だからなのかは分からない。老後に自分の孫へヴェスタースオリジナルをあげるのが私のささやかな夢の1つです。赤ん坊の平均体重は知らないが、ジョージは赤ん坊の割に結構大きいのでおぶっているのは中々しんどい。私がずっとおんぶを続けるのは無理そうだ。体力と筋力が足りない。
 金属と靴底がぶつかる音がカンカンと薄暗い通路内に響く。壁の向こうからは何か機械が動いているのか、唸るような重低音が小さな振動と一緒に耳の奥を揺らしてきた。しばらく歩いているが、中々アトラクションと思しき部屋や物は見えてこない。

「くそーどこまで続いてんだこの通路は……」
「アトラクションなんて何もねーじゃん!」
「あ、アレ」

 でかい男2人が痺れを切らし始めた丁度その時、DEATH―1と書かれた鉄の扉が前方に見えた。私が指を指した先に見える、様々なパイプや機械が剥き出しになった通路の中に佇むその仰々しい扉は、私達を歓迎するようにゆっくりと左右へ開いた。

「エマージェンシー『緊急事態』! エマージェンシー!」

 耳に障る警告音と共に機械じみた声で放送が入る。アトラクションの演出だろうか。その直後、通路の奥から人影がこちらへ向かって助けを求めながら駆け寄ってきた。その人影の顔が見えたとき、私達4人と人影の正体は目を丸くした。

「あ〜!!」
「え〜!?」

 奇抜なコスチュームを着ているが、その顔はどの角度からどのように見ても真崎さんだった。互いにどうしてお前がいるんだと言い合った後、ここでバイトを始めたとは真崎さんの説明。バーガーワールドはどうしたのだと尋ねたら、尻を触った客を殴ってクビになったというとてもアグレッシブな回答が返ってきた。うわまざきさんつよい。

「でよー助けてくれって叫んでたけど何なんだよ!」
「演出! このアトラクションのね!」
「何か設定あるの?」
「そうそう。その後お客さんにこう台詞を言うのよ。『この宇宙ステーションはエネミー襲来により破壊状態にあります! ここを救えるのは貴方達しかいません! さあ! サイバーベストを装着してレーザー銃で敵を倒して下さい!』……ってね」

 ファミリー向けのSF映画のような設定らしい。
 感情を込めた演技を知り合いの前でやってのける真崎さんの肝っ玉の据わり具合に拍手を送った。中学時代色々あってやらされた演劇の練習の際にその棒読みは何とかならないのかと数えきれない程言われた私の話はやめてください。

「杏子ーお前ってホント緊迫感の無い女なー!」
「え〜演技下手〜? これでも結構練習したのよ!」
「アホ! このテーマパークの意味が分かっちゃいねーって事さ!」

 理由も説明されずただ罵倒だけした城之内くんの言葉に、真崎さんは怪訝な顔を見せた。大丈夫、真崎さんの演技はとても光ってるよ。少なくとも私よりは演技派だ。中学生の頃に主人公の母親役を頑張って熱演したにも関わらず周囲からは唯の苗字さんだったねという評価を頂いた私の話はやめてください。

「はあ? どういう事?」
「真崎さん、さっきあっちの会場で何やってたか知ってる?」
「ううん。私ここで待機するよう言われてて。ていうか名前ちゃんがおぶってるのって、まさか、名前ちゃんの……」
「いや私じゃなくて本田くん」
「本田の子!?」
「いや俺じゃなくて俺の姉貴な」

 真崎さんを見たジョージが突然愚図りだした。さっきまで大人しかったのにいきなり何なんだ。私があやしている間に真崎さんはアトラクションの説明を始めた。最初のアトラクションは、3人1組で参加するガンシューティングバトルだという事だ。これは野郎3人に頑張ってもらうしか無いな。
 男3人が壁に掛けられたサイバーベストを着て、銃を手に取った。気分は宛ら正義のヒーロー。ハリウッドから出演のオファーが来てもおかしくない。ごめん流石に言い過ぎた。

「おっ、良いじゃん3人とも」
「似合う似合うー!」
「テキトーに言ってるだろお前ら」

 城之内くんの余計な一言は無視し、真崎さんの説明が続く。互いにサイバーベストの胸の部分についているセンサーへ向かって銃を撃ち合い、一撃でも攻撃を受けたら即退場という中々シビアなルールらしい。そして先に相手を全滅させた方が勝ち。とてもシンプルである。
 真崎さんが説明をしている間、ずっとジョージをあやし続けていたが、なかなか愚図りを止めない。身体を上下に揺らし続けていたので、段々と足や腰が疲れてきた。全国の母親は子育ての為に常日頃こんな大変な労働をしていたのかと、全国の子持ちの女性へ尊敬の念が生まれたが、それよりも誰かにバトンタッチしてもらわないとそろそろ私の下半身の骨全てが疲労骨折を起こす。

「ジョージいい加減黙ってよ〜そろそろ私の足腰が死ぬ」
「じゃあ杏子ちゃんとかわってくれよォ〜」
「クソガキの癖に女の違いが分かるとは上等だチクショー真崎さんパス」
「ええ? 仕方ないわねえ」

 真崎さんに代わってもらった途端にジョージの機嫌が直ったので、赤ん坊にすら真崎さんと私が女としてのステージが違う事を悟られてしまう自分の女子力に凹んだ。真崎さんの女子力は53万くらいありそうだし私の女子力はたったの5しか無くてゴミと言われても仕方がないのは分かっているけど、この、この、赤ん坊にすら切り捨てられる、この、言葉に出来ない三分の一のどす黒い感情が渦巻くこの感じ。
 私がそんな事を考えているとき、ジョージは真崎さんのその豊満な胸元に顔を埋めていた。真崎さんは苦笑いで対応している。女子高生を苦笑いさせる赤ん坊って稀有だな。
 気を取り直し、アトラクションへと意気込んで向かう男3人を真崎さんと一緒に見送った。控え室に当たるこの部屋からも、モニターでゲーム状況を見ることが出来るそうだ。

「ねえ、城之内が言ってた事って何なの?」
「ん〜実は私も何でこうなったのか今いち分かってないんだけどさあ」

 モニターを見ながらかくかくしかじか。昨日海馬家に招かれ、毒を盛られ、今日ここに招待され、武藤くんのおじいさんが死にかけ、このアトラクションに参加する事になったという今回の事の経緯を私が分かる範囲で真崎さんに説明した。真崎さんは「うわこいつ何言ってんだ」みたいな顔で私を見ていた。私も説明している間は自分でも何言ってるんだろうって思った。

「それで名前ちゃん、それってどこまでが夢?」
「一貫して起きてましたが」



← |