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 先日の一件の際にモクバくんからリボンを返してもらうのをすっかり忘れてしまっていた。お陰で私は次の日生活指導の先生に目を付けられ(普段大人しく過ごしていたお陰で注意だけで済んだ)、その翌日真崎さんに理由を曖昧に誤摩化しながら借りる羽目になり、海馬くんがふらっと学校に持って来てくれねえかなと淡い期待を抱くも、登校拒否ボーイな彼がそんなことをしてくれるわけは無かったのだった。
 真崎さんは快く予備のリボンを貸してくれたが、いつまでも借りっ放しというわけにはいかない。何より、制服のリボンとは実はそこそこするのだ。若者がファッションに取り入れる様な安っぽい物とは違う、学校指定のそれは私の毎月のなけなしの小遣いが簡単に吹っ飛んでしまう値段なのである。かける必要の無いお金はかけたくない。早くリボン返してくれモクバくん。

「うーす名前〜おめーもゲーセン行くか?」
「お金無い」
「お前いつもそれ言ってね?」

 金に余裕が無いのは今月だけなので城之内くんの言う事は間違っているのである。しかしゲーセンに行かないとは言っていない。人がゲームをプレイしているのを横から眺める事も好きな私は彼の誘いにホイホイと付いて行ってしまったのであった。
 私と城之内くんと武藤くんの3人でゲーセンまでの道程をダラダラと歩く。こうして男子2人と並んで歩きながら下らない話をしているとリア充になれた様な気分がしてくるが、こんな事考えてる自分なんかビッチ臭いなとも思う。そしてそういう風に考えてしまう自分の偏見具合がモテない女のそれの様にも思えてきて考えが宜しくない方向へ向かい始めてきたのでここで私は考える事を辞めたのだった。私に時かけの様なシチュエーションは似合わないという確信を得た所で、目的のゲームセンターの看板が見えてきた。空気に流されてうっかりお金を使う事が無いようにしようと固い決意を心に刻んでその自動ドアをくぐった。

「うわコンボ切れた最悪」

 駄目だった。
 先日モクバくんから金一封を頂いていた事を思い出してしまったのがいけなかった。あっという間に財布の紐がゆるゆるになった私は音ゲー周辺に余り人が居ないのを良い事にあのゲームこのゲームとホイホイ連コインをしてゲームを満喫してしまっていた。お金は人を狂わせるとは良く言ったものである。
 ちなみにモクバくんがくれた金一封はびっくりする値段が入っていた。さすがに金額をひけらかすようなことはしたくないので具体的にいくら貰ったなんて言わないが、とにかく高校生の身分には大きな額だとだけ言っておこう。モクバくんの金銭感覚が心配になるが、きっと一大企業の社長の弟という立場は私のような一般的な庶民とは住む世界が違うのだろう。今後また関わる機会があるかは分からないが、縁があったら胡麻を擦っておこうという心持ちはいつでも持っておくことにした。
 さて、随分と遊んでしまったが、武藤くん達は何をしているのだろう。これ以上お金を使いすぎないようにという戒めも込めて、その場を離れた。あまり広くないゲームセンターなので武藤くんはすぐに見つかった。

「なんで!?」

 人を呼ぶには相応しくない言葉を選んでいる事は自覚している。しかし、元気にゲームをしていると思っていた知り合いが顔を赤く腫らして倒れていたら殆どの人が私の様な声を上げてしまうと思う。誰だってそうする私だってそうする。
 駆け寄って声をかけると、武藤くんは弱々しい声で大丈夫だと返事をした。つくづく暴力沙汰に巻き込まれやすいものだと内心で同情する。そして気付いたのだが、肌身離さず身につけている筈のパズルが、無い。

「パズルは?」
「対戦してた人に取られちゃって……」

 立派な窃盗ではないか。こりゃ警察を呼ばずにはいられないと携帯を取り出し通報しようとしたとき、頬に切り傷を作った城之内くんがパズルを片手に戻ってきた。話を聞くと、窃盗を働いた輩を先程退治してきたとの事らしい。

「俺の見事なパンチで顎を砕いてやったぜー!」
「それ傷害罪で捕まらない?」
「元々はあっちが遊戯のパズル盗んだんだからそれくらいは当然だろ」

 犯した罪に対しての仕打ちが重すぎるだろうと思ったが、これだと私が窃盗を働いた顔も知らない人の事を庇っているような気がしたので、これ以上この話題を掘り下げる事を止めた。何はともあれ盗まれたものが返ってきたのだからこれで良いではないか。終わり良ければ全て良しである。この終わりという言葉の中に窃盗を働いた輩の処遇は含まれていない。

「あいてて……」
「大丈夫かよ遊戯」
「平気平気……それに城之内くんがパズルを取り返してくれたから元気が出たぜー!」

 頬を腫らした気の弱そうな男の子と頬に切り傷を作った柄の悪い男の子が並んで歩いている様子はどう見ても強請った後です本当にありがとうございました。どちらがどちらをなんてわざわざ言う必要も無い。
 2人の後ろを付いていく様に同じ帰り道を歩いた。前方の2人はこの後ハンバーガー食べに行こうぜなんて話をしている。そういえば男子2人と女子1人って時かけみたいだなと建物のガラスに映る自分達の姿を眺めながらどうでもいい事を考えていたら、城之内くんが名前も行かねえかと尋ねていた事に気付かなかった。更に言えば私達のすぐ近くに黒くて高級そうな車が停まった事にも気付かなかった。突然畏まった服装の男性に声をかけられて肩が跳ねた。心臓も跳ねた。

「遊戯様とお友達でございますね? 瀬人様の仰せによりお迎えにあがりました!」
「お! 名前もいるじゃねーか! お前も乗れよ!」

 つい最近聞いた声が車の中から聞こえてきた。おや、と思いながら畏まって一礼する男性の後ろを見ると、車の窓からモクバくんが見えた。笑顔で手を振る小学生の可愛さたるや最近流行りのゆるキャラも裸足で逃げ出すレベルである。非常にどうでもいいのである。胡麻を擦ろうと決めた矢先に再び会うとは思ってもいなかったが、彼のフランクな態度から察するに少なくとも邪険にはされていないらしかったので、これは素晴らしいコネクションをゲット出来るのではないかと心ウキウキワクワク。
 こんなガキンチョと知り合いなのかと怪訝な顔をする城之内くんと、君は海馬くんの弟と驚く武藤くんに続いて私も車に乗り込む。高級車の座席の座り心地は筆舌に尽くし難かった。しかも運転席が左側にある。外車だ。すげえ。日本の道路だと運転しにくそう。

「なんで海馬が俺ら呼び出すわけ?」
「海馬くんていえば最近学校でも顔を見てないね……」

 最近と言うか武藤くんのおじいさんのカードを盗んだ日以来見ていない気がする、と武藤くんの言葉に心の内で同意をしていると、運転手の男性が瀬人様は海馬コーポレーションの社長だから云々と説明し、それを聞いた城之内くんがまだ高校生じゃねーかと耳元で大声を出したので、私の耳が死んだ。うるさいよと言うと城之内くんはわりぃと謝ってくれたが、もう少し周りを見る癖を付けてほしいものである。私が言えたことではないけれども。



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