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「お前が苗字名前だな?」
「……はあ」

 学校から帰ろうとして校門を出た所で早々に小学生に声をかけられた。随分と生意気な喋り方とでかい態度だが、ランドセルを背負ってるので小学生の筈だ。
 生まれてこのかたナンパなんてされた事も無いし今後もされる予定の無い私がまさか見知らぬ小学生に名前まで知られている上で話しかけられるとは思わなかったので思わず立ち止まってしまったら、後ろから歩いてきた他の人とぶつかってしまった。丁度帰宅部の人達が学校を出て行くピークの時間帯の為、あまり立ち止まったままでいるわけにもいかない。歩きながらで良いかと小学生に尋ねると、ちょっと気取った態度で頷かれた。たぶんこの子、数年後には今の態度や言葉遣いが思い出したくない過去になるんだろうな。

「お前、遊戯と知り合いなんだろ?」
「え、はあ、まあ」
「ちょっと俺の頼み事を聞いてくれる気は無い?」
「内容によるかなあ」
「ここに金一封があるんだけど」
「何でも頼んで下され」
「お前ってプライドとか友情とかねえの?」

 小学生が何で金一封を持ってるのかとか武藤くんと知り合いな上でしてくる頼み事の内容とか色々気になることはあるが、お金の前ではそれらは全てどうでもいい事である。毎月3000円の小遣いでやりくりしている私としては目の前に大金を示されて食いつかないわけにはいかないのだ。世の中金が全てである。
 それにどうせ小学生が頼む事なんてそんな大したことでも無いっしょ。お姉さんに任せなさいと胸を張る私に小学生は自己紹介をしてきた。海馬モクバというそうだ。語呂悪いな。

「海馬? ひょっとして兄ちゃんいる?」
「いるぜ」
「海馬瀬人?」
「当たり」
「兄ちゃん最近学校来てないけど元気?」
「兄サマは海馬コーポレーションの社長なんだぜ。元気に決まってんだろ」

 社長なのは元気である根拠にはならない気がするが今のモクバくんは私の大切なクライアントなので何も言わない事にした。というか海馬くん本当に社長なのか。若干16歳程にして会社の社長を務めてる癖に何で少し荒れた公立の学校に通ってるのだろう。

「そっか。ちょっとこの間モクバくんの兄ちゃん大変そうだったから」
「この間?」
「えーっとあの海馬くん一回だけすごい取り乱した事あったんだけど、取り乱したっていうか最早錯乱っていうか」
「ああ、遊戯に敗北したって時か……兄サマから話は聞いてるぜ」
「あ、そこまで知ってるの」
「だから俺は今日遊戯に復讐する! その為に名前、お前に協力してもらうぜ!」
「え、は、はあ」

 詳しく聞いてみると、カプセル・モンスターという玩具で武藤くんに勝負を挑むらしい。私は武藤くんがモクバくんと勝負をせざるを得ない状況に追い込む為に協力してもらうとか何とか。そんな役回りなら私より真崎さんに頼んだ方が確実な気がするけど、そもそも真崎さんじゃこんな頼み事承諾しないだろうな。

「それなら別に私必要なくない? 武藤くんに直接言えば勝負してくれると思うけど」
「俺が勝ちたいのは普段の弱っちい遊戯じゃなくて変貌した遊戯だ。調べてみたらお前、変貌した遊戯とも仲が良いらしいな」
「なな何をどうやって調べてその情報手に入れたの」

 モクバくんは海馬コーポレーションの情報網を舐めるなと自慢げに話すが私が訊きたいのはそういう事ではない。海馬くんの会社にかかれば一個人のプライベートな情報すら駄々漏れになりかねないのだろう。モクバくんとは仲良くしておいた方が良さそうである。
 それになるほど、もう一つの人格の方と勝負をしたいのなら普通に勝負を持ちかけてもそれは叶わないだろう。だからと言って私に協力を仰ぐ必要性には今いち繋がらないが、今まで友人が危険な目に遭うときに散々現れた彼の事だから、それが私の場合でもひょっとしたら出てきてくれるのかも知れない。
 ちょっと待ってこれでこの作戦が失敗したら私は武藤くんに友人認定されていない事になる。

「……なんか自信無くなってきた」
「何でだよ」

 別にお前は特別何かをするわけじゃないから俺の言う事を聞いておけば大丈夫だと小学生男子に励まされながら私はモクバくんと共に自分の秘密の基地だという(秘密基地って響きが小学生っぽくて可愛いと思ってしまった)場所に連れて行ってもらった。金一封を頂いてしまったのだから小学生男子の言う事を聞くくらいちょちょいのちょいである。あっという間に気分は正に大船に乗った様になるのだから我ながらちょろい人間である。



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