ある男がハイキングに出かける。
道中、この男は不運にも沼のそばで、突然雷に打たれて死んでしまう。
その時、もうひとつ別の雷が、すぐそばの沼へと落ちた。
なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。
この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマンと言う。
スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。
もちろん脳の状態(落雷によって死んだ男の生前の脳の状態)も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一であるように見える。
沼を後にしたスワンプマンは、死ぬ直前の男の姿でスタスタと街に帰っていく。
そして死んだ男がかつて住んでいた部屋のドアを開け、死んだ男の家族に電話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みふけりながら、眠りにつく。
そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。

(Wikipedia-スワンプマン より)



「スワンプマンって知ってる?」

 なまえが日直日誌に目を向けたまま獏良に尋ねる。獏良はシュークリームを食べている手を止め、知ってるよと得意げに返した。日誌に書き込む右手を止めないまま、なまえはふーんとあまり興味が無いような反応をする。訊いてきたのはそっちの癖に。獏良が内心不満を抱いたのは彼しか知らない。
 今は放課後。教室にはなまえと獏良の2人しかいない。しんと静まった教室の中で聞こえてくるのは獏良が持っているシュークリームを包んでいた袋が擦れる音と、なまえが日誌に書き込む音、そしていくつか開いた窓からぼんやりと入ってくる部活に勤しむ生徒達の声だ。担任の手により空調を切られてしまった為、教室内は段々と蒸し暑くなってきた。獏良の額にうっすらと汗が滲み始める。涼しい場所に行きたいが、なまえがまだ日誌を書き終わっていないので、それはまだ叶えることが出来ない。

「沼男でしょ? 死んだ人と全く同じ見た目と記憶を持ってるってやつ」
「うん」
「哲学の勉強でも始めたの?」

 なまえの事だ、本かなにかで知ったのだろう。そう思いながら獏良は尋ねる。なまえはホラー小説で読んだと答える。なるほど、確かにそういう小説もありそうだ。気になるから今度貸してと言うと、まだ全部読み終わってないのだと言われた。そこそこ量のある小説なのだろうか。
 獏良は再び手に持っていたシュークリームを口に運ぶ。甘ったるい味と匂いが口の中に充満する。美味しい。

「それでね、聞きたいことがあるの」
「ふぁひ?」
「食べ終わってからで良いよ」

 そう言いながらクスクスと笑うなまえも手に持っている野菜ジュースのストローを口につける。一気に飲み干すと、慣れた手つきで紙パックを畳み、近くにあるゴミ箱に投げ入れる。ナイッシューと喜ぶなまえ。行儀が悪いよと嗜める獏良に、そうだねと開き直った態度で返しながら席を立った。日誌はもう書き終わったらしい。
 なまえは獏良の席の隣の机の上に腰掛ける。手には先程2人でコンビニに行った時に買ってきたシューアイスが封を開けて握られている。

「アイスもいいなあ」
「半分食べる?」
「やったー」

 なまえは暑さで少しだけ柔らかくなったシューアイスを半分に割る。それでも固いらしく、半ば強引に千切るように割った。小さい方で良いよと獏良はなまえの左手に握られていたシューアイスを受け取る。

「獏良くんさ、転校してきたばかりのときに皆でTRPGしたじゃない?」
「うん、千年リングが僕の身体支配してきた時だよね?」
「そうそう。それでさ、あの時獏良くん、サイコロに自分の心を移してあの悪い奴の出目を無かったことにした?って言えば良いのかな。とにかく身を呈して守ってくれたじゃない」
「うん。そうだね」

 今となっては良い思い出だねと獏良は笑いながら言う。なまえは表情を変える事もなく、じっと獏良の顔を見る。

「でさ、あの時獏良くんって死んだよね?」

 えっ、と獏良くんの顔が固まる。お前は何を言っているのだと言わんばかりの視線をなまえに向ける。なまえはその様子も意に介さない様に話を進める。

「遊戯くんもゲームが終わった直後に言ってたじゃない。死んでるって。あの時確かに獏良くんは、死んだよね?」
「えっ、待って、なまえ」
「確かに白魔導士バクラの中に獏良くんの心は宿ってたかも知れない。獏良くんの今までの知識や記憶を持ってるしね。でもさ、あの時自らサイコロの中に入ってその魂を散らしたのは獏良了くんじゃない。NCPとしてその様子を見ていた白魔導士バクラじゃなくて、獏良了として生きてきた獏良了くん。でしょ?」

 獏良は何かを言いたげに口を開こうとするが、なまえは遮る様に話を続ける。

「例え獏良くんの心が宿っていても、その様子を見ていたNCPの白魔導士バクラは絶対的に獏良了の心とは別個の存在、だと思うの。本来獏良了の身体に宿っていたはずの獏良了の心は、サイコロと一緒に砕けて消えてしまった。私が聞きたいことって言うのはね、獏良くん」

 そう言いながらなまえは獏良の目をじっと見つめる。シューアイスを一気に口に頬張り、飲み込むと、微笑みながら口を開いた。

「あなたは獏良くんのスワンプマン?」

 獏良のシューアイスは、中身が溶けてドロリと机に垂れていた。








なんか気に入らんからちょいちょい加筆修正していきたい
2014.2.8