「気持ち悪い」

 俺がキスをしようとするとこいつは決まってこう言う。そして両手で口を塞いであからさまに拒否の意志を示す。
 別に俺がこいつに嫌われてるわけではなく、むしろその逆だ。俺が好きだと言えばこいつも俺の事が好きだと言うし、外を歩けば手を繋ぐ。抱きしめれば抱きしめ返されるし、この間、冗談半分に身体をまさぐった時もまんざらでは無い様子だった。嫌われてるわけでは無い、はず。

「何が嫌なんだよ」

 いつも通り……と言うのも何だか寂しいが、いつも通り、拒まれた。なので、いつも通り理由を尋ねる。なまえは自分の口を隠していた両手を下ろしながら淡々と答える。

「気持ち悪い」

 予想と一字一句違わない返答。もうこのやり取りをするのは何回目だろうか。最早本人から聞く前に脳内で声が声色まで完璧に再生されるようになってしまった。恐らくこいつが「気持ち悪い」と言う物真似なら、誰よりも上手に出来る自信がある。なまえを知ってる奴等と忘年会とかのパーティーの予定が入ったら一発芸として披露しても良い。

「だから、何が気持ち悪いんだよ」

 なまえの腕を掴みながら再度尋ねる。なまえは眉間に皺を寄せながらこっちを睨んでくる。睨みたいのは俺の方だ。
 正直な所、こうも拒否され続けると、男としてのプライドは傷つけられたも同然である。最初はこっちばかりが急いてしまったのだろうと内省していたが、さすがにこうも同じ事が続いてしまうと原因は自分にあるわけでは無いのかと思えてくる。
 逃げられない様に腕を離さないまま、なまえに詰め寄る。鋭かったなまえの目線が段々と俺の顔から背後に動く。そして小さく口を開く。

「だ、だって……ちゅーとか、き、汚い、じゃん」
「……は?」

 思わず間抜けな声が漏れてしまった。何が汚いと言うのだ。言っておくが宿主は朝昼晩ときちんと歯を磨いているし、俺が身体を借りている時もそれを怠った事は無い。どちらかと言うと、毎日菓子ばっか食べて虫歯を作っては歯医者の世話になっているなまえの方が汚いのではないか。

「だ、だって、口と口を合わせるんだよ? 唾とかどうすんの? と、特にディープとか、唾液の交換じゃん? 私は絶対嫌だ。気持ち悪い」

 ………。
 どう言い返せば良いのか分からず、黙り込んでしまった。予想もしていなかった答えに思考が止まる。普段の生活はがさつな癖に、何でこう言う所は潔癖なんだ。呆れて物も言えない。長いため息を吐く。
 仕方ない。そう呟きながら、俺はなまえの両肩を掴み、そのまま床に押し倒す。なまえは何かを喚きながら抵抗するが、性別の壁はでかい。抵抗も虚しく、その身体を床に付けた。なまえは俺がこれから何をするのか察したらしく、咄嗟に口を両手で隠そうとするが、片手でなまえの両手首を掴み、口から剥がす。眼前にあるなまえの顔は目を見開き青ざめていた。

「無理矢理はしたくなかったけど、仕方ねえよなぁ?」

 にやりと笑いながら言うと、ひっと小さい悲鳴が聞こえたが知らない振りをしてその口にかぶりつく。なまえは身をよじって抵抗するので、逃げられないように両手で頭を押さえる。それでも口を頑に閉じて抵抗している。舌でこじ開けようとするけど、なかなか上手く行かない。酸欠になるまで待つか。
 閉じた唇を覆う様にかぶりつき、唇の間を舌でなぞったり、突っついたりする。すると、案の定、なまえは苦しそうな声を上げ始めた。気付かない振りをしていると俺の腕をパンパンと叩き始める。顔を離すとなまえは大口を開いて空気を吸い込む。閉じられる前に、再び顔を寄せてかぶりつく。今度はこいつも口を開いていたので、舌を伸ばしてその口内を目指す。変なうめき声が聞こえるが、そんなことは知らん。
 舌を這わせると、同じなまえのそれは喉の方に引っ込もうとするので逃がす前に絡ませる。なまえの口内のぬるぬるとした感触が自分の舌を伝わってくる。ようやく好きな人を相手に感じる事の出来た感覚がたまらず、更に強くなまえの顔を俺の顔に押し付けた。時々口を離す度になまえから漏れる吐息が俺を更に興奮させる。ふと気付くと、腕や身体を叩いたり押したりして抵抗していたなまえの手はいつの間にか俺の背中にまわっていた。何だよ、まんざらでもねえじゃん。
 口を離してなまえの顔を見る。火が出るんじゃないかと言うくらい顔を真っ赤にして、その目はうっすらと涙が滲んでいる。息も荒い。

「唾液の交換、どうでした?」

 出来る限り意地悪そうに笑いかける。眉間に皺を寄せながら、顔を逸らされた。なまえは視線を合わせないように身体を起こしながら、耳をすまさないと分からない程の小さい声で答えた。

「………………わ、悪くは、ない……………かな……」








2013.11.14