大して学校に来ないくせに私よりもずっと勉強ができる奴が居る。むかつく。
 得意不得意に関しては生まれ持ったもので左右されると思っているので、頭の良し悪しに関してはそこまでどうこう考える事は無いのだが、一日も欠かさず学校に行って授業を受けている私が、ろくに学校に来ないこいつからテスト対策の施しを受けていると言うのが非常にむかつくのだ。

「ここはどうやるんですか瀬人さまあ」
「その呼び方はやめろ」

 おふざけにはピシャリときつい口調で言い放ちながらも、勉強で分からない所は物凄く分かり易く懇切丁寧に教えてくれる。何故こいつは私と同い年なんだ。というか本当に同い年なのか。実は10歳くらい誤摩化しているのではないか。
 普段目にするよくわからない服装と違い、今日の海馬はワイシャツに黒いパンツと、珍しくラフな格好をしている。しかし、よく見ると素材に高級感があり、やはりこいつは金持ちのボンボンなんだと思い知らされる。くそっ。

「わ〜瀬人様のお陰でテストなんとかなりそうですう〜」
「その呼び方はやめろと言っている」

 両腕を天井に向かって伸ばし、一呼吸置く。クラスでの成績は下から数えた方が早い私だが、何だか今テストを受ければ学年トップを取れそうな気がする。気がするだけ。どうせトップを取るのは私の横にいるこいつなのだろう。
 メイドさんが持ってきてくれたココアを口に含む。さすが海馬家、ココアもなんだか高級感を感じる。正直に言うと市販の一般的なココアとの差はわからない。

「俺がここまで教えてやったんだ。下手な点を取ったら許さんぞ」
「そ、そんな事言われても私の頭の悪さはわかってるでしょう」

 感謝はしてるけど期待はしないでくれと言うと、無言で頭を小突かれた。せめて全教科赤点を免れる程度のレベルまでは許して欲しいのが私の成績の現状である。

「何かご褒美くれるって言うならなまえさん頑張っちゃいますよ〜」

 冗談混じりに言ってみる。あわよくばケーキの一つくらい奢ってくれたら良いなあなんて都合のいい事を考える。

「ふむ、良いだろう。言ってみろ」
「マジすか!? えーっとえーっと、どうしようかな」

 うんうんと何にしようか必死に考える。こう言う時だけは頭が活発になるんだななんて言う小馬鹿にした様ような言葉が聞こえて来る気がするが、知らないふりをする。
 海馬なら一般人じゃ無理な事でも多少は聞いてくれそうだ。何て言ったって海馬なのだから。
 どうせなら高級な物を要求したいなと考え、ふと駅前のレストランがケーキバイキングをしている事を思い出した。ちょっと高級なレストランらしくバイキングのお値段もなかなかなもので、私の小遣いだけじゃ厳しいなあなんて諦めていた。そうだ、これにしよう。

「決めたよ海馬! もし私が海馬の納得のいく点数を取れたら」

 海馬の求めている点数がどれくらいのものかはわからないが、今の私には怖い物なんて無い。眼前に迫っているテストなんて何のそのだ。高級な空間でたくさんのケーキを頬張るイメージが浮かんでくる。あの高級なレストランの、あの夢に見るケーキバイキングに、

「付き合って欲しい!」

 ………………………。
 しまった。興奮してあまりにも端折りすぎた要求になってしまった。いくら何でも馬鹿すぎる。2人の間に沈黙が流れる。海馬はこっちを見たまま微動だにしない。

「あ、ご、ごめ、付き合うってそうじゃなくて、バイキングに付き合って欲しくて、えっと」

 慌てて訂正しようとするが、恥ずかしさと焦燥感で上手く口がまわらない。やばい。いくらなんでもこれはやばい。自分の顔から血の気が引くのを感じる。

「……検討しておこう」

 は?

「それは、えっと……どっちの事、です、かね?」

 恐る恐る尋ねる。まさかとは思うが最初の端折った要求ではないだろう。同い年で一大企業の社長を勤めるほど頭の良い瀬人さまのことだから、あの日本語を成していない弁解を理解出来たのかも知れない。
 海馬は私の顔も見ず、吐き捨てるように呟いた。

「……両方だ」

 海馬は顔を真っ赤にしながら部屋から出て行った。まさかの返答に頭がついていけず、海馬が戻ってくるまで私は微動だに出来なかった。

 さすが瀬人さまだ! お陰で玉の輿が約束された私は勉強内容がすべて吹っ飛んでしまった!








2013.11.17