甘くない無花果


 彼女、みょうじなまえという人間について考えてみよう。なまえは極端な人間だ。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。そしてそれに当てはまらないものは興味が無い、関心を示さない、眼中に無い。清々しい程に単純化されている。だから彼女はあまり悩む事は無いんじゃないかなあと勝手に思っている。それだけ明確に物事をわけて考える彼女の事だから、どっち付かずに迷う姿は想像出来なかった。或いは、自分がそんな彼女を見たくないだけなのかも知れないけれども。考えても意味の無い事だ。

「ばくらくん」
「なぁに」
「帰りにコンビニ寄ってこ。ほら、CMで言ってた新しいマカロンの発売今日からだし」

 最近の彼女の頭の中はお菓子が大半を占めているらしかった。お菓子というか、ケーキとかプリンとかのそういうスイーツ系。食べ物は大体好きで美味しく食べれると言っていた。
 そういえばその時、僕も生牡蠣以外は大体大丈夫だよって返したときにはもう僕の話は聴いていなかったな。ちょっとショックを受けたけど、彼女はそういう子なんだと諦めざるを得なかった。僕の食べ物の好き嫌いには興味が無いと言う事なのだろう。これが彼女なのだ。言って治るのなら僕はとっくに注意している。
 でもやっぱり、ちょっとは僕に関心を示して欲しいのが本音かなぁ。

「ついでにシュークリーム買ってこよっか。ばくらくんちで食べながらこの間のTRPGの続きしたい」
「あーごめんアレまだシナリオの修正が終わってなくて」
「あ、そうなんだ」

 じゃあ普通にダラダラとぷよぷよでもしよっか。笑いながら言われたので僕も反射的に微笑み返した。こうして一緒に帰ったりお互いの家に遊びに行ったりという関係が持てているあたり、僕は彼女に好かれてはいるようだ。僕の友達の城之内くんや遊戯くんの事は関心が無いらしく、彼女が彼らと会話をしているのは見た事が無い。杏子さんとは何度か会話を交わしているのを見た事があるので、どうやら親しい間柄であるようだ。そういえば海馬くんの事は嫌いだと言っていたな。あの見下されているような態度が気に入らないなんて言っていた。だからなのか、海馬くんの周辺でなまえの姿を見かけた事が無かった。嫌うと徹底的にその対象を自分のテリトリーというか、視界に入れないように避けるのだから、彼女の行動はつくづく極端だなあと思う。もし僕もそんな事をされてしまったら確実にセンチメンタルなんて生易しいレベルじゃ済まないくらいのショックを受けると思うから、つくづく彼女に嫌われてなくて良かったと思うのだ。

「あ、あった。これこれ」

 コンビニで彼女は嬉しそうに目的の商品を手に取った。秋限定の栗とサツマイモのマカロンらしい。置いてあって良かったねと声をかけようと思ったら、そんな暇も無く彼女はシュークリームも棚から掴むと真っ直ぐレジへと向かってしまった。慌てて僕も自分の分のシュークリームとプリンを手に取りレジへ向かう。彼女と買い物すれば余計なものを衝動的に買わなくて済みそうだなあ、なんて、すごくどうでもいい事を思った。それでも、少しはくだらない会話をしながらのんびり買い物したいなあなんて思ってしまう僕は女々しいのだろうか。僕、男の子なのにな。
 なまえは早くマカロンが食べたくて仕方が無いらしい。彼女はいつもよりもずっと早足だ。急がなくてもマカロンは逃げないよ、なんて冗談を言ってみると、急いでないと訝しんだ顔で見られた。素直じゃないなあと笑いそうになったが、悠長にしていると置いていかれてしまいそうなくらい彼女は早足で歩いているものだから僕ののんびりとした考えは強制的に終了させられた。急いでないよなんてよく言ったものだ。薄らと彼女の荒い息づかいが聞こえてきた。そんなに急ぐくらいならこの場で食べちゃえばいいのに。口に出したら彼女の機嫌を損ねる事は分かっていたので心の中だけに留めておいた。小さく彼女の鼻歌が聞こえてきた。

「うわばくらくんぷよぷよ強すぎ」
「いや僕ぷよぷよあまり得意じゃないよ。城之内くんによく負けるし」
「うわその情報いらなかった」

 僕の家に着くなり早々にゲームを始めた。男女が同じ屋根の下に2人きりだというのに色気も糞も無いなあなんて考えているのは僕だけで良い。買ってきたおやつの他に冷蔵庫から麦茶を出した。西日で温まった部屋ではペットボトルにあっという間に水滴がついた。
 中々僕に勝てないなまえは1時間もするとゲームを投げ出した。僕本当にぷよぷよ得意じゃないんだけどな。彼女の腕のからっきし具合には苦笑いしか出来ない。手加減してもそういう事ばかり彼女は目敏く察するのでどちらにしても彼女が機嫌を損ねるだけだった。

「何か暇になっちゃった」
「宿題でもする?」
「うわばくらくん糞真面目。やだ」
「そろそろ自力で宿題をやることを覚えようよ」

 我侭というか、自分の欲求に素直というか、彼女らしい回答だと苦笑せざるを得ない。気ままで自分の気持ちに正直なところはまるで幼い子供のようだ。高校生にもなって、なんて彼女の親は思っているかも知れない。僕なら思う。というか今そう思った。
 なまえはコップに残った麦茶を一気に呷るとソファにだらしなく寝転がった。男の子の前でそんな無防備な姿晒すものじゃないと思うんだけどなあ。それかもしかして僕を男の子として見てないのかも。何だか複雑な気分だ。

「ん〜眠い」
「もう帰る?」
「ばくらくんち泊まりたい」
「わあ大胆」

 年頃の女の子が男の子の家に(しかも僕は一人暮らしだ)泊まるだなんてとんでもない。親御さんが心配するよ、とやんわり断ろうとしたが、明日学校休みだし大丈夫だと見当違いな事を言って食い下がってくる。確かに今日は金曜日だけど、そういう事じゃなくてさ。

「なーんだ。もっと慌てると思ったのに」
「ちょっとでもそういう自覚あるなら変な事言わないで欲しいなあ」

 口を尖らせる彼女はやっぱり確信犯だったようだ。なまえは寝転がった姿勢のまま目を閉じた。泊めないよ、と念の為釘を刺すと、6時になったら起こしてと言われた。人の家でこれだけくつろぐ人間も珍しいなあと溜め息が出た。それでもついつい彼女の言う事を聞いてしまう僕もいる。
 彼女を起こす時間までシナリオの修正でも進めようかなと腰を上げた。確か寝室の机に置きっ放しだった気がする。物音を立てないように気をつけながらリビングを出た。

「……結構本気で泊まりたかったんだけどなあ」









2014.8.19

title:ハイネケンの顛末