花の涙





「好きな人にフラれたの」

 主が珍しく酒を呷るので、急性アル中を心配していたら、ぽつりとそんな言葉が返ってきた。

「失恋ってことかい?」
「そういうこと」

 見る目のない男ね、と慰めながらアタシも一緒に酒を呑む。主の頭を撫でたら、ほろりと大きな目から涙をこぼした。

「正直、ダメっぽいなあってのは分かってたんだけど、でも諦めきれなかったの」
「そう」

 ぽつりぽつりと、主は失恋の悲しみを語り始める。好きだった。望みは薄かった。でも諦めたくなかった。一緒にご飯に行ったこともあった。でも断られた。

「次郎ちゃん。私って女としての魅力が無いのかな」
「何言ってるの〜主はとっても可愛くて女の魅力も詰まってるさ。アタシも同じ人間だったら絶対好きになってるよ」
「次郎ちゃんに好きになられてもなあ」
「あら、ちょっと〜主〜」

 頬を膨らませながら主の肩を小突いた。アタシの軽口につられて、主の頬もちょっとずつ緩み始めた。
 酒の匂いに誘われたように、他の刀剣達も何人かやってきた。主が酒を呑むなんて、と珍しがりながら、このままでは一本じゃ足りなくなるであろう酒瓶の追加を取りに台所へ行ったのは長曽祢虎徹だ。

「悲しいときはみんなで笑って忘れるのが一番さ」
「そうだね。みんながいてくれて助かった」

 目元を拭いながら主は赤い鼻で微笑んだ。酒のまわった刀剣達が、今日の任務がどうだったとか内番がどうだったとか、くだらない話ばかりを下品な笑い声と共に咲かせている。

「どちらにしたって、アタシは主のことが好きだよ」
「うん。ありがとう」
「人間じゃないからね。主の男には絶対なれないけれど、でも好きだよ」
「うん。嬉しい。ありがとう」
「冗談だと思ってるでしょ〜」
「いひゃひゃ、およっへやいよ〜」
「本当に〜?」

 けらけらと笑う主は、それでもやっぱり空元気だった。人の身体を持ってからは、傷というのはそう簡単には癒えないのだと知った。きっと、主の心もそうなのだろう。
 主の頭を撫でる。赤い花のような瞼の下からは、もう涙は溢さなかった。