あの子がほしい





 お前は虫のようだな、と面と向かって言われた。
 まさかそんな罵倒を同い年の男の子からされるなんて(その上臆する様子もなく真正面から直球でしてくるなんて)想像もしなかったので、私は即座に何かしらの反応を示すことが出来なくて、しばらくポカンと口を開けて茫然としてしまった。

「おい、聞いてるのか」
「え? あ、えっと、そういうことを人に言うのは、最低だと思う」
「そういうことが聞きたいんじゃあない」

 ため息をつかれた。どちらかというと私がするべき態度ではないだろうか。

「どうしてそんなこと言うの」

 私が尋ねると、ディオは口元をニヤリと歪ませた。そんな意地悪そうな笑顔しか出来ないなんて、綺麗な顔が勿体ない。

「何も考えてないからだ。自分のことを何ひとつ考えていないからだ。自分の人生を自分で考えようともしない癖に、文句ばかりは立派に並べ立てているなんて随分と臆病じゃあないか」
「どうして文句を言うことが虫になるの。私は私なりに自分のことを考えてるし、より良い人間であろうと努めてる。その中でちょっと疲れたから思わずこぼしてしまった愚痴のひとつくらい、そうやって他人を罵倒する為の証左には足りなさすぎるんじゃあないの」
「考えてる? 考えているだと? それは失笑ものだな。家から与えられたものだけを言う通りにこなしているだけじゃあないか。まるで親の操り人形だ。結婚相手ももう決まっているんだろう? お前の両親が金の為だけに誂えた顔も知らない男が」
「どうして私の両親のことをそんなに悪く言うの。ひどい」
「俺がいつお前の両親を悪く言った。お前の親のことじゃあなくお前本人を悪く言ってるんだ」
「私には両親への侮辱に聞こえた」
「それはめでたいな。自分に向けられた侮辱も侮辱と分からないのか。だからお前は何も考えていない虫のようだと言ってるんだ」

 じわ、と両目に涙が滲み始めた。ディオがどうしてこんなに酷いことを言うのか分からないし、理由も分からず責め立てられているのが悔しいとも思った。ほら、こうやって分からなくて困惑したり悔しいって思ったり出来るんだから、私は虫なんかじゃない。そう言おうとしても、喉が引きつりだして上手く言葉を出せなくなった。思えば、泣いているときに誰かに何かを言おうとしたことがなかったから、泣いているときに上手に話す方法なんて知らない。

「何か言い返してこいよ」

 ディオが挑発してくる。私は何も言えない。頭の中では色々な反論が浮かぶのに。どうしてディオは私にこんな意地の悪いことを言うのだろう。他の子には言わないのに。