こいつははずれ





 酷い臭いの中で目を覚ました。客から性病を貰っただけで用済みという烙印と共に店主に売られた先は、込み上げる吐き気のせいで汚濁に包まれているのかと思うような暗闇だった。せいぜいあの方の糧になれ、と言った店主は人を人と思わない最低な奴だったのだと今になって知ったこの悲しみはどこにぶつければいいのだろう。光のない世界に目が慣れてきた頃、一番暗い闇の向こうから誰かがやってくる姿が見えた。

「目を覚ましたか」

 男の声だ。知らない声だ。脳に心地よく響くいい声をしているな、なんて考える余裕はあった。

「ここはどこですか」

 私の質問に、男はふうっと息を吐きながらどこかに座ったらしく、ギシリと木材が軋む音が聞こえた。その直後に、私の近くにあった燭台がひとりでに灯りをつけた。辺りを見渡したけれど、男が椅子に座っている姿がぼんやり見える以外には誰もいない。

「どこでもいいさ。すぐにどうでも良くなる」
「あなたは誰ですか」私の声は震えていた。
「お前をはした金で買い取った男だ。病のせいで捨てられるとは気の毒な身の上だ」
「そうですね。あなたはその捨てられた女を買ってどうするんですか。性病持ちじゃあ慰めだってろくに出来ませんが」

 自嘲しながら呟くと、男からの返答は無かった。人が売られた先でどうなるのかは、なんとなく予想はついているけれど、いまいち実感が湧かない。せいぜい、死ぬような目に遭わされないことを祈ろう。
 男の気配が近付いてくる。緊張で身体が固まって上手く動かせない。心の準備もままならないまま、男はすぐ目の前に立ち、私の目の高さまで腰を下ろした。小さな灯りの中で見える男の顔は随分と端正な作りをしていた。
 男はお構いなしに私の首元へ顔を近づけた。まさか今からおっ始めるんじゃあないだろうな、と先程私が伝えた筈の内容を繰り返そうとしたが、思ったよりも身体が強張っていたらしくて、喉は私が言いたいことを「あ」とか「え」とかの喘ぎ声にもなっていない動物の鳴き声みたいな音でしか表現させてくれなかった。そうこうしている間に、男はあっという間に顔を離した。その表情から感情は読み取れない。

「やはり病持ちは匂いが駄目だな。しょうがないが……」

 男は小声で何かを呟くと、何かを手に持った。今取り出したのか、元々持っていたのかは分からない。黒い石のようだ。

「ゲームをしよう。生き残れたら貴様の勝利だ」

 男はそう言って口の端を吊り上げた。男が持っているのは鏃だ、と気付くと同時に、それは私の胸を貫いた。