私は何も知らないのに





 気付いたらあの子が死にかけた虫のような状態で地面に転がっていた。どうしたの、と訊いても怯えるばかりで僕が知りたい答えを言ってくれない。手に持っていた電話が鳴ったので出てみると、ボスは「彼女はもうじき死ぬ」と言う。「どうしてですか」僕の言葉に、ボスはバツの悪そうな声で続けた。

「この女は俺の正体を知ろうとした」

 そんな。彼女との思い出が脳裏を過る。映画を観て、買い物をして、家に招かれて、色々なことを語り合って……それらは全部、利用する為に近付いたからだったのか。僕を、ボスに近づく為に、利用する為に、全部、全部、全部、全部!

「ち、が……どっぴ……信じ……」

 これ以上声を聞きたくなくて、僕はいつの間にか手に持っていたペンチを振り下ろした。許さない、許せない、許されない。僕は君が好きだったのに。