鉄の味がする





 レースの道中、だだっ広い景色の中に違和感を覚えるものが小さく見えた。敵の可能性も考えたが、それにしては隠れる気が無さすぎて杜撰すぎる。ジョニィと目配せをして近付いてみた。女が倒れていた。
 駆け寄って仰向けにさせると、胸元は血でべっとりと汚れていた。女のものらしかった。
 この顔には見覚えがあった。レースのスタート前に参加者の一人として見かけていた。

「生きてるのか」

 ジョニィがそう言って横から覗き込む。首に手を当てると、微かに脈は打っていた。

「長くはなさそうだ」

 助けたいが、ここに救急道具は無い。鉄球じゃあ痛みを和らげることが関の山だ。俺達は助けることが出来ない。
 女が咳付いて血を吐き出した。口を動かしている。何かを話そうとしているらしいが、視線は俺を見ていない。

「喋らない方がいい。肺が潰れてる」

 俺の言葉に女は弱々しく首を横に振った。口の中に溜まった血液が、喉の奥から出そうとする言葉をコポコポという音に変えるせいで、女が何を言おうとしているのか分からない。身体を横にして血を吐かせてから、もう一度女の口元に耳を近付けた。

「い、妹……妹に……」

 女は胸元のポケットから何かを取り出した。全体が血で真っ赤になっていたが、どうやら写真らしかった。

「ごめ……なさ……いって……」

 その言葉を最後に女の身体から力が抜けたことが分かった。再び首に触れるが脈は無い。胸元に耳を近付けたが、心臓の音も聞こえなかった。ジョニィに首を振って訃報を伝えた。

「それは? 彼女は最後になにを?」

 ジョニィが写真を指差した。現像面を手で拭うと、数人の男女が写っていた。

「妹に伝言を頼まれた。これは……家族写真だな。二人姉妹で、妹は車椅子に乗ってるぜ。お前とお揃いだな」

 俺がそう言うと、ジョニィは複雑そうに眉間を押し上げた。

「彼女の名は? 出身地は?」
「さあ。何も分からねえ。伝えるものも伝えられねえな。そもそもどうしてここでこんな酷い有様になってるのか……」
「スタンドか? 大統領の刺客が用意した罠という可能性は?」

 ジョニィは質問ばかりしてくるな。そんなこと、俺が聞きたいくらいだ。

「そうじゃあない方を祈るぜ」

 今はまだレース中だ。あまり長居するわけにもいかない。死体の目蓋を下ろして、周囲に咲いていた花を軽く集めた。
 この女のことは何も知らない。顔を見たことがあるだけで、話したことはおろか目を合わせたことだってない。弔うのが赤の他人の俺であることを悪く思わないでくれよ。
 写真を荷物の中に押し込んでその場を去った。