秋の道





「映画でも観る?」

 私がそう言って映画館を指差すと、恋人は眉間に谷を作った。

「趣味じゃない?」
「他に客がいねェなら行く」
「それは入ってみないと分かんないよ」
「映画館ってよォ〜、他の客がなんか食ってたりするときの音がすっげェ〜うるさくてイライラすんだよなァ〜。飯食うのか映画観るのかハッキリしろッつーんだよッ」
「ちょっとくらい気にしなければいいのに」
「気になるからイライラすんだよッ!」
「いちいち声を荒げないでッ!」

 神経質な恋人はすぐ大声を出す。その度に釣られて私も声を張ってしまうので、そのままお互いイライラしてしまいそうになる。流石に手を上げるところまではいかないけど、こうなるといつも心臓がドキドキしてしまう。愛しさのドキドキじゃなくて、嫌な意味でのドキドキだ。せっかくのデートなのに。

「じゃあこの後どうする? うちに来る?」
「あー……夜は用事があんだわ」
「そっか。じゃあ公園で散歩でもする?」
「それ楽しいかァ?」
「怒りん坊さんには綺麗な景色を見ながら綺麗な空気を吸ってストレスを減らすのがおすすめで〜す」

 私が茶化すと、恋人は舌打ちをした。すぐ怒ることは自覚があるらしい。頬を優しくつねられたので、仕返しに私も彼の腕に手を回して服の上からつまもうとしたら、腕に力を入れられて思ったよりつまめなかった。ガリ勉みたいな眼鏡くんの癖に、彼は結構筋肉質だ。

「鍛えてるよねえ」
「仕事で必要なんだよ」
「何の仕事してるかは教えてくれないのにそういうことは教えてくれるんだねえ」
「そういう男と分かって付き合うお前も馬鹿な女だよなァ」
「その馬鹿な女を好きになったのはどこのどちらさんだろうねえ」
「うるせェッ」

 怒りん坊で秘密が多い恋人、怪しい恋人、照れ隠しの多い恋人。可愛い恋人。惚れた方が負けとはよく言ったものだ。