涙をちょうだい





「好きな人がいたの」

 彼女は、僕にそう言うと、先程喫茶店でテイクアウトで買った甘そうな飲み物を飲んだ。僕は、彼女が飲み物を飲んで、次の一言を発するまで、その少し強張ったような瞳を見つめていた。
 僕は彼女のことをよく知らない。学校は一緒だが、同じクラスではないし、接点らしい接点も無い。それなのに、どうして一緒にベンチに座っているのか。答えは単純なんだけれどちょっと複雑だ。
 僕は彼女をよく知らないのだけれど、僕の中にいた僕じゃないもう一人が彼女を知っていたのだ。もっとも、知っていたというよりは、利用していたと言った方が的を射ているのかも、と遊戯くん達から話を聞いた限りでは思う。

「その人、結構ひどい人で、たぶん私は都合の良いように扱われてただけなんだけれど、でも、時々すごく優しかったの」

 まるでDVをする恋人を庇うような事を言うと思った。彼女は人を見る目がないのかも知れない、とこの短いやり取りでも思ってしまった。

「好きだったから、それでも良かったの。どんな理由であれ、私が必要とされるのが嬉しかった。だから甘んじて受け入れてた。良くないって分かってんだけどね」

 冬に差し掛かっている今日の気温は若干の肌寒さがある。僕も何か温かい飲み物を買っておけば良かった、と小さな後悔が背筋をくすぐった。
 彼女が控えめに鼻をすすった。泣いているのかと思ったが、単に寒いだけのようだ。僕よりもずっと暖かそうな格好をしているけど、短いスカートと剥き出しの両足がそれを帳消しにしてしまっているらしい。女の子って真冬でも足を出しているからよく分からないなあ。

「どうしていなくなったのかは何となく知ってる。前に一度だけ自分が何なのかを話してくれて、現実味のない話だったけれど、でも、獏良くんの首にあの大きなペンダントが無いっていうことは、そういうことなんでしょ?」
「そんな所まで知ってたんだ」
「憶測だったけど、でも正解してたみたいね。……嘘だったら良かったのになあ」

 僕はアイツが僕の身体を使って何をしていたのかを知らない。だから、目の前の、僕の中にいたアイツを好きだと言う女の子との間に何があったのか、全く知らない。優しいときもあったというが、とても想像は出来ないし、彼女の都合のいい思い込みだとしか思えなかった。僕にとってアイツはそういう認識でしかない。
 再び彼女は鼻をすすった。ほろりとこぼした涙で、鼻をすする原因が寒さじゃないことに気が付いた。
 真偽がどうであれ、確かに彼女はアイツを好きで、存在を肯定していたのだ。ポロポロと生み出す涙は、あの悪人の為に流しているのだ。
 ポケットからハンカチを取り出して彼女に渡した。お礼を言いながら受け取った彼女が、とても気の毒に思ったのだけれど、どう気の毒なのかは、あまり深く考えたくない。