女はわからん





 何となく、本当に何となく、思いつきで、ちょっとビビらしてやるかーっていう程度の悪戯心で、あの女に電話をかけてみた。宿主はボケッとしてるくせに変なところマメな性格らしく、電話機をいじれば内臓の電話帳にきちんと目的の人物の携帯番号も登録されていた。

『……獏良くん?』
「あ? お前泣いてんの?」

 暫しの沈黙の後、プープーと電子音。通話を切られた。何だよ。
 腹が立ったのでもう一度かけてみた。呼び出し音だけが続き、暫くすると留守番電話サービスに切り替わった。一丁前にシカトするとは良い度胸してんじゃねえか。
 何度も電話をかけてみる。かける度に留守電サービスに切り替わる。切り替わる度に通話を切って、かけ直す。10回を超えたところで止めた。俺がストーカーしてるみてえじゃねえか。阿呆らしい。
 電話の子機を放り投げたところで今度は携帯に電話がかかってきた。画面を見ると、さっきまで俺がしつこく電話をかけ続けていた奴の名前が表示されていた。

「もしもし?」
『……リングの方?』
「あー、そうだけど、散々無視しといてそっちからかけてくるって何考えてんだよ」
『……あのさあ、ちょっと頼みがあるんだけど』
「俺に?」
『うん。獏良くんじゃなくて、貴方に』
「別に構わねえけど、高くつくぜ?」
『今からそっち行く』
「は?」

 通話が切れた十数分後、インターホンの音が聞こえてきた。本当に来やがった。何のつもりだ。
 玄関を開けると、両目を真っ赤にして明らかに表情が沈んだ先程までの電話相手が立っていた。何か面倒な事があったのだと想像するに難くなかったが、声をかける間もなく俺を押しのけて部屋の中に入って来たので、思わず面食らってしまった俺は慌てて腕を掴んで引き止めた。

「おいちょっと待て、何の用なんだよ」
「何も訊かないで」
「はあ?」
「お願いだから、何も訊かないで。今日中には帰るから。お願い」

 そう言い終える前に真っ赤になっていた両目から涙をボロボロと零し始めた。今いち状況を飲み込めない俺を部屋のソファまで引っ張ると、まるで我が物のようにそこでくつろぎながら(泣き続けてはいるけど)俺の肩にもたれ掛かった。
 よく分からないまま、何となく頭を撫でてやると、しゃくり上げる声がより一層強くなった。何で俺はこいつに振り回されてるんだ、なんて疑問も浮かんだが、殊に嫌な気もしなかったので結局こいつが帰るまで俺はずっと頭や背中や肩を撫でて慰め続けていた。
 結局泣いてた理由もここに押し掛けてきた理由も分からないままだった。