死神に括られる





 意識がぼんやりしているのに視界ははっきりしているから目の前で何が起きているのかは見えているんだけどそれを止めるというところまで考えが回らない。だから何で自分が左腕にデュエルディスクをつけているのか分からないし、ましてやあの武藤遊戯を相手にしている経緯も分からない。そもそも私はデュエルなんてまともにやった事が無い。
 おやおや、お目覚めかい。脳内で男の人の声が響いた。こんな声の知り合い居たっけと今までの人生を振り返る能天気さはあるらしい。でもこんな声の知り合いは思い出せる限りでは心当たりが無かった。そもそも脳内に直接声を響かせることが出来る人間自体私の知り合いには居ない。
 段々と目の前で起きている事をしっかり認識出来るようになってきた。おいおいこれは一体どういう事だと口に出さずにはいられなかったが、私の口はそんな自らの意志に反して私のターンとかドローとかよくわからないカードの名前とかを色々と忙しなく叫んでいる。まさか自分の口が自分の意志に反する日が来るなんて夢にも思わなかった私は意識がぼんやりしている時よりも何が何だかわからなくなった。口だけじゃなく両手両足、というより全身が私の意志に反して勝手に動いている。目も勝手に動くから私が右側を見たくても左側を見るという実に腹立たしい反逆行為をされている。
 すまないが君の身体を借りている。再び脳内で覚えの無い男の人の声が響いた。人に自分の身体を貸すとはこれ如何にと問い質さずにはいられないが脳内に響く声とどうやってコミュニケーションを取れば良いのか分からない。そんな私の気持ちを知ってか知らずか脳内に響く声の主はあーだこーだと御丁寧に説明してくれたけど随分と非科学的な内容だったので多分私は2割もわかってない。要は今現在私の身体はこの声の主に良いように操られてしまっていると言う事だそうだ。勘弁してくれ。
 ただ、私の残念な脳味噌でこの人の言う事を咀嚼するに、どうやらデュエル以外で私の身体を使うつもりは無いようなので非常に安心した。私の身体を意のままに操れるということはそれ即ち私の命を生かすも殺すも声の主次第だということではないか。理由や原理もわからないまま10代でこの命を散らすなんてたまったものではない。勝手な憶測だが多分この声の主はただの馬鹿かデュエル馬鹿なのだろう。
 私がそんなとっても失礼な事を考えている事も露知らず、私の身体を操っている声の主は私の口を使って武藤遊戯に向かって高笑いをしていた。どっちが勝とうが私には関係がない事なので早く終わらせてくれ。