一緒に帰ろ
人のだんだんいなくなっていく学校で、キーボードの音が響く。
時計を見ると、あと少しで、先生から許してもらった時間が過ぎてしまいそうだった。
いけない。
今日中に終わらせると決めたところまで終わっていない。
急ピッチで作業を進める。
カチカチと響く時計の音がカウントダウンをしているようで、気持ちを焦らせる。
ああ、もう、もっと早くに時計見とけば良かった。
「何でそんなしかめっ面してるの」
キーボードと、時計の音しかなかった部屋に、突然新しい声が加わる。
真っ直ぐよく通る、綺麗な声。
「伊武くん…どうかしたの?」
「別に。あんたが酷い顔してたから来てみただけ」
酷い顔って、失礼な!
言い返そうとすると、進めなくていいの?と聞かれる。
伊武くんが来たせいで忘れそうだった。
また手を動かし始める。
キーボードと、時計の音の中に、今度は足音が混ざる。
その足音は、私の隣で止まる。
「本当、あんたって物好きだよね」
パソコンに目を向けたままその声を聞く。
「他に部活入ってるくせに、俺たちのこと手伝いたいとか」
「あー、いやー、ね?前の先輩のことは私も気に食わなかったし、それに、テニス部頑張ってるの見てたらさ手伝いたくもなるよ」
「ふーん」
あともう一つ、テニス部の人たちは資料まとめとかをやらなさそうだと思ったからってのもあるけど、それを言えばぼやかれそうだから言わない。
これからのために、今までの記録とか、練習方法とか、そういうのはまとめておいた方がいいと思って、そして、たまたまそれが私の得意分野だった。
それだけの話。
突然横から指が伸びて来て、パソコンの画面を指差した。
「ここ、間違ってる」
「本当だ。ありがと」
急いでそこを直して、また途中から打ち始める。
あと3行。
あと3行打てば終わる。
そこでタイムリミットを告げるチャイムがなった。
「あ、」
「何?」
「終わっちゃった」
「意味わかんないんだけど」
「時間。先生と約束してた」
あとたった3行だったのに。
気落ちしながら片付けを始める。
外はもう真っ暗で、日の入りの早さを感じる。
もう、冬だなぁ。
「3行くらいやればいいじゃん」
「いや、でも先生が暗くなって危ないからって」
実際外暗いし、と窓の外を指差せば、伊武くんの口がぼそぼそっと動いた。
これはぼやいてるのかな。
それとも、私に言ってるのかな。
所々、何で言わせるんだとかそれくらいわかるだろとか聞こえてくるけど、ほとんど何を言ってるかはわからない。
「伊武くん?」
「俺が何のためにいると思ってるの」
さっき入り口で言ってた言葉を思い出す。
私が酷い顔してたから。
確かにそう言ったはずなのに、そう答えれば、バカなの?という返事。
あまりに理不尽すぎて頭がついてかない。
「俺があんたの家まで送ってくって言ってんの。だから、危なくないでしょ」
「……ああ!」
「わかったらさっさとやってよね、バカ」
デコピンをしながら言われた言葉に、ごめんと笑って、残り3行をパソコンに打ち込む。
かきあげた髪の間から覗いてた伊武くんの耳が赤かったのは、私だけの秘密。
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