はた、と我に返って口の周りを拭う。


それはほんの短い間で起きた出来事。

封印から解かれたアナスタシアは自らの身体を修復する事もせず一瞬の内に男達を根絶やし、その屍を喰らい尽くしてしまった。

何世紀もの間食事は疎か動く事すら出来なかった事で、内にあるアナスタシアの“魔女”である部分は本来の性質を抑えて何処までも本能的で生理的な反応を見せる。

周囲を恐る恐る見渡すアナスタシアの瞳に、己の力への恐怖と悲しみが込み上げてきて思わず顔を覆い嘆く。嘆く。
こんな筈では無かった、と、自責の念に苛まれながらアナスタシアは散らばった屍を一人一人丁寧に十字架の下埋葬した。


大きく裂けた口を薄く開いて詠唱する。
長らく出していなかった声は流石に掠れて殆どが埃まみれの吐息と化す。頼りない詠唱からその手へと作り出された青い薔薇にアナスタシアは魔法ではなく願いを込めると、死んだ男達の墓に一輪ずつ手向けていった。


「どうか、せめて安らかに」


全員に祈り終え立ち上がった後で、本当に小さな声で紡がれたその短い言葉は、瞬く間にアナスタシアを元の美しい姿へと蘇らせる。

その姿を見ている者がいた事に気付かなかったのは、正しくアナスタシアが酷く衰弱している証拠なのであった。


「…魔女がいるっつー噂はどうやらガセじゃねぇみてーだなぁ」


「!……。」


唐突にした声に振り向くと、そこには先程の男達と同じ衣服を纏った銀髪の男がいた。
気配も無く近付いてきたこの者が実力者である事を長年の勘ですぐに理解出来るアナスタシアは、目に見えて警戒の色を強くする。


「部下からの報告に急ぎ来てみりゃあ既に食後とは。強い事は悪い事じゃねぇ。だが、最近のうちはどうにも人員が足りなくてなぁ。そこに小部隊丸々一つ落とされるとなると、こちらも損失が激しい」


要するに何が言いたいかっていうと。その続きはアナスタシアにも何となく理解出来ており。


「あんたがどんな奴かってのはさっき見てて大体分かったぜぇ。それを踏まえて、だ。ウチに来る気はねぇかぁ」




ー血、時々鮫ー




暗殺稼業であれば死体なんざ山程出る。それなら食事に困る事もねぇだろぉ。そう言って笑った彼が悪い人だとはアナスタシアには思えなかった。







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