「(あの時感じたのは、焦燥だった。)」
アナスタシアがベルに滅多刺しにされたと知った時、そのたった一瞬でスクアーロの中には様々な思いが渦巻いていた。
死は訪れないのに、分かっているのに、何故かアナスタシアの身を案じ、彼女が傷付くのを恐れ、またそれとは別にベルと二人でいた事に対して嫉妬の念を抱いたのだった。
「(あれからベルはよく彼奴にちょっかい出すようになった。)」
スクアーロが廊下を一人、考え事をしながら歩いていると、丁度前から歩いてきていたアナスタシアと目が合った。
にこり、と控えめに微笑むアナスタシアだったが、その刹那後ろから腕を回すベルが現れる。
「よっ。飯行かね?王子もう腹ペコ」
「一人で行けばいいだろう?最近多いが、何故私と…」
「はぁ?言ったじゃん。アナスタシアの事気に入っちゃったってさ。」
奥から歩いてくるスクアーロをちらりと見ながら困惑するアナスタシア。ベルはその視線に気付いて、また楽しそうに笑った。
「スクアーロも来いよ、楽しい食事会〜」
「う"お"ぉい!何で会議でもねぇのにテメーと食事しなきゃいけねーんだぁ!」
「でもアナスタシアとは行くんだろ?」
「チッ…何が言いたい」
「オレもお前もアナスタシアがだぁい好きって事。ししし」
「一緒にすんじゃねぇ糞ガキ!!行くぞぉ、アナスタシア!」
通りすがり、ベルの挑発を受けてこれ以上構うとアナスタシアに八つ当たりをしてしまいそうだった為、彼女の腕をがし、と掴んでスクアーロはベルの元を離れた。苛々とした気持ちを抑えられぬまま大股でぐいぐい進んでいくスクアーロに、アナスタシアは小走りで着いて行く。
角を曲がった辺りで漸くその必死な姿に気付いて、スクアーロは歩くスピードを少し緩めたのだった。
掴んでいた腕を離し、不安そうに見るアナスタシアに視線を送る。
「すまない、何か他に用事があったんじゃないのか?」
「いや、ねぇ。オレもアンタを探してたんだぁ。」
それはほんの少し嘘。予定は特に無かったものの、別段探していたわけでもなかった。しかし見つければどの道こうなっていただろうと、スクアーロは自身を納得させる。
隠しているという事ではないが、アナスタシアが人と違う食事であるのをヴァリアーで知っているのはスクアーロだけで。その事を思って助け出してくれたのでは、と一人考えるアナスタシアの頭をスクアーロはひと撫ですると、ほんの少しだけ、表情を緩めた。
「これから部屋で剣の手入れをする所だぁ。暇なら偶にはアンタの話でも聞かせろぉ」
ー程よく暖かいー
彼の隣は酷く居心地が良いと、実感した午後。
2016.06.04 Yuz