Squalo








蒸し暑い6月上旬。

そろそろ故郷日本では梅雨も近付くこの季節、私は少し開いた窓から、どんよりとイタリアの空を覆う雲の流れを追っていた。


スクアーロは任務へと出掛けている。
今日は朝から雨が降りそうな天気が続いていた。
天気予報は見ていないけど、降る。そんな予感がする。

きっと夜には土砂降りだ。




ぎしり、と微かに音を立てて、上質な天鵞絨張りのベッドから起き上がって廊下に繋がる扉へ向かう。

15時だ。3時のオヤツでも食べに行こう。



廊下を歩いて厨房に向かえば、窓を打つ音が聞こえ出す。

ほら。やっぱり。



「(きっと不機嫌な鮫さんが見られるわ。)」




冷蔵庫の中にあったサヴァランを頬張りながら、綺麗な銀糸から水滴の垂れるのを想像して、破顔。


洋酒と紅茶の香りで、フルーツの乗ったひたひたのブリオッシュが更に華やかになる。サヴァランは美味しい。私はこのお菓子が好きだ。



「(それにしてもしかし…)」



雨は強く窓を打つ。
このペースだと夜までには止んでしまうかもしれない。



「びしょ濡れになったスクアーロ、見たかったのになー。不機嫌な顔に水滴の垂れる髪、あー堪んない!」



独り言にしては大きな声で、その想像を口にする。





すると聞こえる扉の開く音。





「う"お"ぉい!!…俺が何だって?」




聞き覚えのありすぎる嗄れ声、ドカドカという足音。
振り向けば先程頭に思い描いていた通りの姿をした人物がいた。



「スクアーロ!」




まだ16時にもなってないよ?とか、何でその姿でこんなところにいるの?とか、色々聞きたいけど取り敢えず、



「おかえり!任務終わったの?」



「あぁ。夜から台風が来るらしいんでなぁ。早めに方を付けてきた。」




予想外に早く事が済んだが結局降られてこのザマだぜぇ。などと溢しながらスクアーロはポケットをゴソゴソと探る。



「??」



「ほらよぉ。朔、てめーにくれてやる。」



大きな掌に乗せられた小さな白い入れ物は、指輪を収める形をしていた。


中を覗けば薄桃色のピンクダイヤを嵌めたほんの小さなプラチナのリングがあった。




「ぇ…これ、私に?」



「そうだぁ。幸いにも店が閉まる前に任務が終わったからなぁ。」



予約していたリングを受け取りに行けたのだと何処か嬉々とした様子で話すスクアーロは、今だけは暗殺部隊、2代目剣帝という事を忘れてしまいそうなくらい無邪気だった。




「ふふ。雰囲気も何もあったもんじゃないね」




「あ"?何だぁ、文句や返品なら受付けてねぇぞぉ。」



「うん。返せって言われたって、返すもんですか。」




そうか。June bride…。



いつかビアンキが言っていた。
6月の花嫁は幸せになれるのだ、と。





「幸せなんて柄じゃないけど…」




まず神様は許すのだろうか。
人を殺すことを生業としている私達が、幸せになる事を。



「その心配は必要ねぇ。てめーが幸せになれないなんてことは、万が一にでも有りはしねぇぞぉ。
何せ幸せにするのは紛れも無い、この俺だからなぁ。」




昔から変わらない、自分への絶対的な過信とも言えるような自信。

私はそれが好きだ。スクアーロのそんなところが、何よりも無垢で純粋に思える。
勿論、争奪戦の時はこの心臓を穿つ事を考える程に心配したけど。
憎き復讐者達との戦いでスクアーロの心臓を取られた時は己を忘れかけたけど。




それでも君を愛し続けるよ。
信じ続けるよ。



「スクアーロ愛してる。ずっと前から、ずっと後まで大好き」




「当たり前だぁ、待たせたなぁ。」




スクアーロはリングを台から外すと、私の左薬指にそっとはめた。
サイズはぴったしだ。

私の好みを熟知してる彼からのプレゼントは、伊達に学生時代から今まで長い時間を共に過ごしていない事を物語っていた。




「てめーの普段着や持ち物はこんな色ばっかだからなぁ。イメージが定着しちまってるぜ。」




そんな風に何事もいつだって誇らしげに語るスクアーロを、私は本当に誇りに思っているんだ。



こんな彼が私の恋人…ううん、旦那様です。





「朔、愛してる。俺の生涯を掛けて、てめーを幸せにしてやる。」



歴戦の暗殺者から甘受するその口付けはいつにも増してやけに甘ったるく、そして何より幸せに満ちたものだった。





そんな、ある6月の出来事。
今日から新しい私達が始まる。






end*



15.05.31. Yuz



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