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いつも通りの屋敷の中。
いつもと違うのは、ここにはいない筈の見知った女が歩いていた事。


もうソイツとは随分会っていなかったからか、ショートヘアだった髪は長く伸び、メイクや服装も変わり…歳のせいだけじゃない、以前より酷く大人びて見えた。






「…スクアーロ」




「名前ぐれぇは覚えてたかぁ」




「…えぇ、まぁね。」





伏し目がちに返事をする朔。
以前はここへもよく来ていた。
よくあっちゃあいけない話ではあるが、一昔程前に決別して以来、朔は避けるようにぱったり来なくなった。






「何でテメーがここにいる」





「ちょっとザンザスに用事よ。まさか、先に貴方に会うとは思わなかったけど」





ははあ、さてはオレが今日任務でいないと聞いたなと直感して無様なコイツを鼻で笑ってみせる。





「今日の任務は延期だぁ。不在じゃなくて悪かったなぁ」





「べ、別に特に意味は無いわよ。
じゃあね、スクアーロさん。もう会う事もないでしょうけど」





相変わらずなのは嘘の隠し方が超絶下手なのと、強がりが過ぎるところか。

数年前、オレはコイツのそんな所にあろう事か惚れていた。




「…あぁ。じゃあなぁ朔」





からかい甲斐のあるヤツで、敢えてライトにCiaoと挨拶をしてやれば、耳まで赤くして振り返りこちらを睨んでくる。


何だ、何にも変わってねぇじゃねーかぁ。





そのまま無言で前を向き直して去っていった朔だが、その一瞬何とも言えない悲しそうな顔をした事に、オレは気付いてしまった。






「…なんて顔してんだぁアイツ」





変な胸騒ぎに舌打ちをしつつ部屋に戻る。

これは念入りに剣の手入れをする必要がありそうだ。
脳裏に焼き付いた懐かしさと一瞬見せたあの表情を消し去るには。

























忘れる訳がない。

忘れられる訳が。



あたしなりに、上手くやっていた筈だった。
ちょっと可愛げなくて嘘つきでつまらない人間なあたしだけど、アイツがそんなに悪くない反応だったから。
それなりに仲良しで、いつまで一緒にいても飽きないような、そんな関係だと思っていた。あの頃は。







なんの前触れもなかったとも思うし、少し前から様子がおかしかったような気もする。

そのいきなり訪れた別れは、アイツからだった。





きっとあたしに可愛げがあったなら、上手に取り入って、泣いて見せたりなんかして、必死に縋り付いたりする事もあったかもしれない。



けど。この口から出たのは。







「(…何年前の事思い出してんのよ。)」







言ってしまえばあの頃はまだ子どもだった。


今よりも酷い天邪鬼で素直さのカケラもなかったから、ただ一つと信じていた未来が自分の中にしか無かったのだと知った瞬間、極端に興味を失くしたように振る舞った。



それが今になっても惰性で続いてるだけ。

それだけ。


…の筈だった。





「何で、全然変わってないのよ…」





久しぶりに見たスクアーロは、会わないでいた年月分くらい髪が伸びて、以前よりもっと大人っぽくて、身長だってすごく大きくなってて、
なのに、あたしへの対応はまるで変わってない。



その匂いも、声も、楽しそうに笑った顔も、鋭く射る銀の眼差しも、何も変わっていなかった。






「(会わなければ思い出さないでいられる、傍に居られないのならこんな感情はいらない。何回言えば分かるの)」






だから会いたくなかったのに。と懐かしさから溢れそうな涙を無理矢理引っ込めて、ザンザスの部屋をノックする。











「お邪魔するわよ」




「…。
ハッ、何だそのツラは!
変顔しながら会いに来たのかテメーは」




「なっ…!別に何にもないわよ!」




「あのカスに会ったって顔に書いてあるぞ。くだらねぇ」




「どうして教えてくれなかったのよ…」




「テメーにそこまでしてやる義理があるとでも?」





業務上どうしてもボンゴレの用でヴァリアー邸を訪れなければならない時がある。
そんな時にはいつもアイツが頭を掠める。

それどころか、わざわざこのあたしがザンザスに頼み込んでスクアーロがいない日にしてもらってるのに。




これじゃあ。





「いい加減うぜぇ。金輪際これっきりだ」





「そんな…!無体な……うぅ、ザンザス……」





「これ以上はテメーで何とかしろ」






そもそもここまで付き合ってくれていた事の方が周りからは奇跡だと言われるけれど。



用事を手早く済ませてどんよりした気分で部屋を出る。




いつどこからかスクアーロが出て来るんじゃないかと(悪い意味で)ドキドキしながら出入り口を目指す。


出口が見えてああ、やっとこの苦しみから解放される!
と思った矢先。





「う"お"ぉい待てぇ、朔!!」




階段上から降り注ぐ声に、大袈裟なまでに肩が跳ねる。



そうして固まっている間に、ソイツはすぐ側まで来ていた。




無神経に振った癖に、無神経にまた近付いてくる。

あぁ、段々腹が立ってきた。





「…何で。

何で、あたしがアンタに何かしたの…
どうしてまた近付いてくるのよぉ…!いい加減忘れたいの消えてよ…!!」






何度消そうとしても消せなかった残像。

もう姿も声もちゃんとは思い出せない癖に、ただそこにあり続ける影。

漸くそれも薄れつつあると思ったのに。







「会ったら…いみ、ないじゃない…」








「…朔、その顔だぁ。さっきそれがどうしても気になった。


オレはテメーが酷く嫌ってるもんだと思ってたから、何で朔がそんな顔すんのか訳が分からなかった」




だが何となく分かったぞぉ。そう言って髪をくしゃっとされたと思ったらいきなりムカつくぐらい綺麗な顔がこちらの涙でぐちゃぐちゃな顔を覗き込んできた。
むり。こんな醜態、ほんと、ありえない。ありえないから。もうやだ。やだ。





「なっ…なっ…!な、によぉ…!!」








「はっ、ただのいつもの強がりかぁ」








「……………!!!!!!!!!!」














ーそんな顔で笑わないでー










凡そ10年分の強情が、その日あっさりと終わった。









(馬鹿!信じらんない馬鹿!あたしがどれだけアンタを好きだったと…はっ…!)(…ほぉ?)
2020.05.12 Yuz



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