...













あの隊長が結婚したらしい。

噂では中々のおしどり夫婦のようで、二人を見かけた隊員達はとても仲が良さそうだったと話している。


先日まで普通に接してくれていたのに、急な話だ。

どうやら私はとんだ思い違いをしていたようだった。

人の事情を計るのは難しい。
あの人にはもう、大切な人がいたんじゃないか。

懇意にしてもらってると思い込んでいたのは、私だけだ。





結婚に際して組織間での懇親会が催され、私達下っ端は警備に当たる。

モヤモヤとした気分はそのままに職務を全うしていると、ふと見たくないものが目に入ってしまった。

スクアーロ隊長とその奥さんだ。

銀色の尾を靡かせながらショートヘアの綺麗な女性を恭しくエスコートする姿はとても様になっていて、あれ程近い存在と感じていた隊長が、今じゃまるで遠くの景色みたい。


私ではやはり、不釣り合い。
ヴァリアーの見目麗しい最強幹部と事務仕事が主なヒラ隊員。
最初から分かっていた事だけど、否が応にも現実を再認識させられて、こんなにちっぽけな自分をただただ呪った。


やけに生温くジメジメとした空気が肌に張り付いて、なんとも気持ちの悪い5月の夜だった。








懇親会が何事もなく無事に終わり、隊長の指示を無線で聞く。
後片付けを各々分担して終えると、時計の針は既に日を跨いでいた。

窓から流れ込む夜風にあたりながら今日の今後のスケジュールを考える。すると不意に、通信が入った。


“朔、仕事は終わったかぁ”



「た、隊長っ…はい、先程全て完了しました。」



待ち望んだ声、私の名を呼んで下さるその声に、驚きののち安堵したのはまだ私が心の内で諦めきれていない証か。
この際隊を他の幹部方の下にでも移動させてもらおうか。
スクアーロ隊長の横で断ち切れない思いに縛られ続けるよりかは仕事も捗る筈だから。





“飯行くぞぉ、あんなんじゃあ食った気にならねぇ”



ほらまた、掻き乱される。


「え?でも奥様は…」



“今から屋敷の裏に来い”



隊長からはそれだけだった。

何がどうなっているのか、はっきり言って訳が分からない。

屋敷の裏から続くのは街に繋がる山道だ。
その山道から横に逸れた辺りに手前にひとつだけ、掘立小屋のような中華の屋台店がある。が、そこへ入るより隊長ならば迷わず街に出る事だろう。

取り敢えず遅れると怒るので、酷く混乱した頭のまま言われた場所へ向かった。





「隊長」


屋敷の裏側は庭園になっており、薔薇の花々で彩られた道を進むと裏門から外に出る事が出来る。

到着すると間もなく隊長もそこへ現れた。
懇親会で着ていた優雅な礼服姿ではなく、防雨処理の施された暗色のトレンチコートを着用、左手の剣も外されている事から、オフでの外出と分かる。


外は雨が降っていた。




「行くぞぉ」


特に濡れるのを気にする素振りもなく、私を通り越して先に進む。

声をかけるタイミングが掴めないまま隊長の後ろを歩いていく。手持ち無沙汰に見渡すと、雨に濡れた薔薇の花が夜に溶け込むようで妙に忍びやかだと思った。




中華の店が目先に見える頃、隊長の足も迷わず山道を目指した。
何も不思議な事ではない。明るい所を避けていくのは暗殺業じゃあ日常。

遠目で店内の様子を何気なく窺うと、驚くべきことに、中にはあの奥さんがいた。




「た、隊長、奥様があちらに…」



「うるせぇぞぉ」



「けど…!
やはり奥方がいる身で私のような者とこんな風に会うのは、…良くないです」



先を急ごうとする隊長を他所に、立ち止まってそう告げる。ずっと言いたかった、言わねばならないと思っていた。言ってしまった。


木々が騒めく。雨の降る音がする。
先の見えない暗闇が、目の前の山道の奥に広がる。




「ハァ…」


何となく、隊長がため息を吐いた気がしたのも束の間、こちらへ踵を返したと思ったら手を、手を取られた。


「ちょ、隊長…!何をっ」



「真実を見ろぉ。仲良さそうに見えたからそれが正しいってんならオレらの仕事は存在しねぇ」




「っ…」


つまり。
隊長はそれ以上語らないと言った様子だったが、手袋越しに伝わる生身の右手の体温と素肌の柔らかな感触が、私にこれ以上の発言を許さない。



なら、それならば。
私は隊長をこのまま愛しても許されるのだろうか。




手を引かれながらぬかるんだ山道の奥へ奥へと進む。
この道がどれ程暗く長かったとしても着いていく覚悟はとうに出来ている。
スクアーロ隊長のお許しさえ出るのなら、いつだって。




繋いだ手から伝わる何かが先程までの私の苦悩を消し去り、暗く陰鬱な筈の道を甘やかに照らす。


誰にも祝福されない二人だけのこの時間がひたすら幸せで、暗闇が隠してくれていなければ危ないところだった。


目の前に貴方がいる。たったそれだけでとんでもなく頬が緩んでしまう、そんな私なのだから。







2020.04.09 Yuz
今朝私が実際に見た、夢の話。
結婚はただの任務の一部。



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