...


※本編(未来編終了時)の話












過去に帰れる、その事にあまり私が乗り気でないのは奴のせいだ。
どんなスクアーロだって愛してる。いつか10年前の彼とそんな話をしていたと思う。
しかしそれが裏目に出てしまった。
未来のスクアーロまで、好きになってしまうとは。



顔を合わせれば嫌でも名残惜しくなるだろう。
私は一人遠く離れた崖下の森にいた。



気を抜けば涙が溢れそうなこんな時は、人と触れ合わずにいるのが一番だ。
私はそうしてそのまま帰ろうと思っていた。



なんて感傷に浸っていると、いきなり後ろから大きなドスンッという音に思わず肩が震えた。


振り返る事も出来ない筈だ。だって、音の正体は。



「こんな所にいたのかぁ、」



大股で近づいてくるのがわかる。お願い、来ないで。今は、来ないで。






「朔」



「……っ」




大きな影にそのまま背後から抱き竦められ、耳元で名前を囁かれる。

白銀の糸が私の肩口で切なく揺れた。

「スク、アーロ…」



後ろからそれ以上の言葉は無く、ただただ腕の力が強められる。
こんな事は過去にも未来にもこれが初めてだった。


この時代のスクアーロは私を失っている。
それが彼にそうさせたのだろうか。
まるで何も言わずとも行かないでと言われているような気にさせる程、縋りつくように強く強く抱きしめられた。



「…あっちのオレに宜しくなぁ」



何か答えようにも、嗚咽が邪魔をして言葉が出て来ない。


「久しぶりに、お前に会えて良かったぜぇ」



それはどっちの私の話をしているの。



「久々に見てもやっぱり、朔は最高の女だぁ。昔のオレもそう思ってる」




言わねぇがなぁ、なんて言いながら静かに笑うスクアーロは、やっぱりどこか哀愁が漂っていて年季を感じさせた。



「ス、クアーロ…オジサン臭いよ、なんか」



やっと紡いだ言葉は何とも情けなく涙声で。
この時代のスクアーロと離れるのがさみしい、だなんて。
それがひどく癪だった。


「オレも歳食ったからなぁ」



…もう無理だと思った。
出会ってしまった。けれど別れなければならない。
その事実が今ここにある。それを悲しいと、寂しいと思わない訳がないじゃない。

そう吹っ切れれば物事は案外簡単で、単純な話だったのだ。
スクアーロの腕の中でぐいっと体を捻り、正面から首元へ勢いよく腕を回す。
体重をかければ、うぉ、とか言いながら少しよろけるもしっかりと抱きとめてくれた。



「スクアーロっ、私貴方が大好き…!!
いつだって貴方を、どこでだって貴方を、
愛してるから…
だから、私が帰っても、10年後の私だけじゃなくて
偶に、思い出してね…。
どんな関係だろうと、どんなスクアーロだろうと、私は愛さずにはいられない、だからこんなにも別れが惜しい…っ!

…だけど10年前の貴方もきっと私を待ってるから、そして10年後の私もきっと、貴方を待ってるから、
だから、暫くの

さようなら…」



泣くのはこれで終わり。
最後に触れるだけのキスを一つ残して、私はみんなの待つ転送装置の元へ向かった。
























あんなにも長く辛い戦いの後だと言うのに、10年前の世界へは拍子抜けするくらい呆気なく戻る事が出来た。



場所は出発地点だった並盛ではなく、いつものヴァリアー邸。



恐る恐る邸内を歩き回る。

その日はなんだか、とても静かで穏やかだった。



窓から目映い光が差し込んで、まるで一つの大きな歴史が終わった事を告げるような。



スクアーロの部屋をそっと開ける。




「あぁ”??…ってう"お"ぉい朔!!!ノックぐらいしろぉ!!」





なにか大声で騒いでるようだったけど、今の私にはよく聞こえなかった。
見慣れたその姿が今はひどく懐かしくて、また、色々なものが込み上げてきてしまったから。




「スクアーロぉ…

会いたかった…会いたかったよぉ…!!」



何だか今ここでは取り繕わなくていいような気がして、つい泣き崩れる。
おろおろするスクアーロが面白い。




「てかテメー、堂々と浮気だなんていい度胸だなぁ??!」


「…へ??」


藪から棒に何の話をしているのか彼は。


つい素っ頓狂な声で返事をすれば、扉近くに座り込んだ私の前へ膝をつき、顎を掴んで目線を合わせてくる。



「10年後のオレの方が良いかぁ」


少し不安そうな顔でそんな事を言った。
益々理解が追いつかない。
スクアーロは未来の事を知って…?
行ってない筈なのに…?


「さっき急に頭の中に流れ込んできた。
未来で起きた何もかものオレの記憶がなぁ」



「うっ………。」



それはつまり。

ボンゴレ基地で致した10年後スクアーロとのあんな事やこんな事も…………。




「…だ、だって…!!スクアーロが目の前にいるんだよ?!?!
10年前だろうと10年後だろうとスクアーロがいたら好きになるのはしょうがないじゃない、どうせ何年経ったって愛し続けるんだから同じよ!!!」



ちょっと食い気味過ぎただろうか…。
スクアーロが気圧されている。



「うっ…だがなぁ!
10年後のオレとヤってる時のお前は、何か、何か違ったぞぉ!!」


「ちょっと!!はっきり言わないでよ…!」




未来の大変だった話をスクアーロが知っていてくれるのは嬉しいけど、秘密にしたかった事まで筒抜けなのは正直顔から火が出そうだ。




「まぁ、無事勝って戻って来たんなら上出来だぁ。
どうやらお前がいねぇ事でオレも大分どうかしちまうらしい。
未来の記憶が本当ならなぁ」




…そうだ。
スクアーロは未来の彼の記憶をそのまま継いでるから、きっと私が居なくなった時の感覚も、一緒に。




「10年後のオレはだらしなかったようだが、今度はそうは行かねぇぞぉ!!!
朔が二度と戦場で死なねーようにオレが徹底的に鍛え直してやる」



「えっっちょ、そうなるの?!
そこはオレが守る〜とかって言うとこじゃないの!!?!」




「問答無用だぁ!!!!!愛してるからこその特訓だぞぉ着いて来い朔!!!!!!!!」





そう言って走り出すスクアーロの後を追う。

あぁ、帰って来たんだなぁ私、と思った。




やっぱり愛していたよ。
この時間も。あの時間も。
スクアーロがそこにいるならば。











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朔は過去へ帰った。

白蘭が殺られて世界がダメージを負う前の状態に戻ったとはいえ、今までの戦いの記憶は全て頭に残っている。

朔があの時死んだ事もはっきりと。
今更生き返っただのと言われても実感は湧かねぇ。



オレ達はイタリアへ戻り、各々いつも通りの生活に散っていった。


談話室を通り掛かると、何やら中から鼻歌が聞こえる。





「〜♪〜♪」



…頭が真っ白になった。

実際には普段と何も変わっちゃいねぇが、その一瞬だけは、そこだけ違う空間のように思えた。






「……朔……?」





自分でも驚くほど静かな声だったと思う。




「あっ、スクアーロ!


おかえりなさい」





朔はまるで何事もなかったかのように、テーブルの上の花の水を変えていた。

頭で考えるより先に体が動くなんて事、ヴァリアーの幹部としてはあっちゃならねぇ。

けどその時ばかりは無意識と言える。

オレは気付けば朔を腕に抱いていた。




「Ti adoro…
Ti adoro, 朔」





痛いよ、と言って朔が笑う。



覚悟していた筈だった。
受け入れられていた筈だった。

少なくとも日常が既に死と隣り合わせなのだから、常にコイツがいなくなる未来は想定内…の筈だった。


だが実際は、予想以上にオレは朔を愛していて。




「なんか変だよ?どしたの?スクアーロ」




何かあった?と朔が聞いたから。




これからゆっくり話してやる。
今まであった長い出来事を。












Ti adoro=深く、心から愛してる
2020.03.30 Yuz



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