Mitsunari


※史実捏造有り













「…三成様。」



何と、お声を掛ければ良いのでしょうか。



徳川を滅ぼし抜け殻の様な姿で御帰りになってから、もう三日もまともに食事すらしてくださらない。



どうすれば良いか分からぬままに、私は戸の前で膝を折った。


「失礼致します。」



「朔か。
…今は私に寄るな。」




それは拒絶と言うには弱々しく、それでいて次の言葉を紡がせない色をしていた。


あぁ。なんて、お労しい。






「…寄るなと言っているのが聞こえんのか。」





一歩、また一歩と迫る影に、そのお方は舌打ちを一つ。

けれど朔めは知っております。
本当に嫌がっているならばもっと。その表情には嫌悪が滲みます事を。




「…三成様が居られる内は。
お側に、仕えております故。」




「ふん。
知った風な口を利くな。くノ一風情が。」





いつもは乱暴なだけの言葉が、今宵は何とも気味の悪い優しさを帯びているように、聞こえた。



恐る恐る。
そっと、その寂しげな肩に腕を回し抱き寄せても、三成様は何も仰らない。


静かに伏せられた睫毛も、固く結ばれた薄い唇も、今だけは、この暗い月明かりの下では、
私を受け入れてくださっているかの様で。




「豊臣が貴方様を必要としておりますように、この朔めも、三成様からのご神命をお待ちしておるのです。」



いつまでも。いつまでも。それは互いに幼き頃からも変わらぬ忠義として。



「これからも身命を賭して、お仕え致します。」



お慕い申し上げております。とは、言えなかったけれど。


代わりに小さく、御髪に回す腕へ力を込めた。





「…貴様は、」





"こんな私の何を良しとする?"




今の私には何もない。
そう呟いた三成様は、今までに見た事のない表情をしていた。
でも。



「三成様は私の知っている限り最も、何処までも真っ直ぐで完璧な剣と考えております。
私はその生き様に、心底惚れ込んでおるのです。」




静かに耳を傾ける三成様を確認して、一つ呼吸をした後、そっと続ける。



「…これは出過ぎた真似と存じますが、
貴方様らしさを、最期まで貫いてほしくば、思います。」




三成様に人を率いる力はない。
このお方は剣。
持ち主を喪ってしまった刀は、新たな主人が現れない限り、ただ錆びていくのみ。



きっとこの先も、三成様にとってそのような存在は有り得ない事だろう。

しかしそれでも、その刄を研ぐ役割は、私がお受け致しましょう。

いつでもまた、すぐに振るえるように。




「…朔。
貴様だけだ。」



それは本当に、本当に小さな声で。
三成様はぽつりと呟いた。





「思えば、朔だけだった。

私は今まで、秀吉様の背だけを拝し付き従い、そして秀吉様を喪った憎しみを家康に向け…それしか無かった。

そんな私を理解し臣従し続けたのは、友である刑部を除いては、貴様ただ一人だ。」




声が、出なかった。


こんな風に、私に向けて言葉を紡いだ三成様は、初めてだったから。


思わず零れ落ちた私の涙に気付いて、三成様がお顔を上げる。



「何故涕泣する…?」


「…申し訳、ありません。」



泣くな。と言って涙を拭ってくださるその手の温もりが余計厄介なのだと、
気付く人ではないのだけれど。




「主君である秀吉様、半兵衛様、
そして友である刑部や憎むべき家康をも喪った今、私には何も無いと思っていた。」




だが、と続ける三成様の切れ長で真っ直ぐな瞳と目が合って、思わず鼓動が跳ねる。



…それから。
数多の血に染まった筈の手にそっと頬を包まれ、
そして余りにも優しく触れ合った唇のせいで、私は。貴方様に。





「…貴様だけは、ずっと私の側に居たのだな。」




「…ぇ…。

えぇ…っ!
三成様の最期まで、朔めはお供致します…っ」






何もかもを喪って打ちひしがれるそのお姿が、もう見ていられなかった。

今まで長い年月。ひたすらその背を追い、必死に付き従ってきたけれど、ついには泡沫のように消えてしまいそうで。



主君の命令じゃ無しに、こんな私でもしもお役に立てるのだとしたら…。


それはきっと、私が貴方様にとって必要な存在であるという、証明に繋がるから。




それが悲しくも嬉しすぎて、つい、また泣いてしまうのだ。






「明日が、有ります。三成様…っ。」




「…私を支えろ…!未来永劫側にいろ!
離れる事は許可しない…っ。
これ以上、誰も私の元を去っていくな…!」




壊れる程に力強く、縋るように抱き締められ、そして驚く程甘く…お互いを求め合った。







…もし。
溶け合う温度が永遠ならば、これ以上このお方を寂しくさせないで済むというのに。






それ以来三成様と共に東軍の残党に討たれるまでの間、それはそれは幸福な日々だった。



そして。




「朔…」



私の名を呼び事切れた三成様を最期に、

私もすぐそばで眠りについた。


「三、成様…?
愛して…おります…永遠に」








ーIf nothing lasts forever,ー
(もし永遠に続くものが何も無かったとして、)





could i be your nothing?
(私は貴方の"何か"になれたのでしょうか?)





2017.01.09 Yuz



←|→
[back]