Belphegor
「ししっ、見ぃつけた♪」
喫茶店で楽しそうに話す男女を店の外から見つめる。毎日のように顔を合わせてる彼奴はそこで、見た事もないような顔をして本当に幸せそうに笑っていた。
何故か胸の内がズキ、と軋んだのを気付かないフリして、見つからないようにそっと朔達の後をつけ2人が別れた後ソイツに話しかける。
「…誰だい?君」
「名乗らないよ。だってオレ王子だもん」
「…?僕に、何か用があるのか?」
「…朔は何でこんな奴が良いんだか。ししし、細っちー。すぐ折れそ。な、折っていい?」
「なっ、何を言ってるんだ…?」
「しし、ジョーダン♪お前自分の彼女の事何も知らないだろ。て事で今日は王子が特別に教えに来てやったってワケ。
明日の夜ここに来てみろよ。たっくさん人殺してる彼奴が見れっから」
「待ってくれ、話が見えない」
「お前といたあの女、マフィアなんだぜ。知らないで付き合ってたなんてな」
オレがヴァリアーに来た時には既に朔は幹部にいて。
彼奴はまだオレが8歳だった当時からずっと、オレにとってお気に入りだった。
最初は悪戯しがいのある奴って感じだったけど、成長してって気付いた時には何かすっげー好きになってた。自分でも意味わかんねーけど。
そんな感じで王子の隣にはずっと朔がいたのに。
…いつの間にか朔は知らない男といるようになってた。
「しし。そんなに気になるんだ?湖に沈んだ奴が。だから一般人なんてやめとけっつったじゃん」
なぁ、朔。
すっげームカつくし消えてほしかったのは本当だけど、別に殺そうとかそーゆー事は今回王子あんま考えてなかったんだよ。朔怒るって分かってたし。
けど、気配消す事なんて到底出来ない一般ピーポーがこんなとこ来れば、そりゃあ死ぬに決まってるよな。
と、情けねー事に内心びくびくしてるオレは心の中で言い訳。
「放っといて、とも言った筈よ」
「…可愛げねぇ奴」
「それで結構。私に構わないで」
朔がオレを冷たく突き放すのはいつもの事だから別段気にはしてなかった。
でもなんか。なんか、違う。いつもと。
それは朔が感じてる悲しみってヤツのせいなのか、それとも、朔を失うかもしれないっつーオレの恐怖か。
「朔が寂しがるから王子が側にいてやろうとしてるのに何だよその態度」
「…いい加減にして。
いつもいつもいつもちょっかい出してきて大体あんたの所為で彼は死んだって気付いてよ!!!!
これ以上私の何を奪おうって言うの、ねぇ…」
どうやらそのどっちも正解だったらしい。
寂しさを誤魔化すために言ったオレの言葉に、感情的に怒鳴ったかと思ったら力無く、まるで独り言のように語りかける姿はもう見ていられなくて。
こんな朔は初めてだ。
「そんなに私が嫌い?憎い?私がベルに何かした?どうしてこんなに…あぁもう」
「………」
「何とか言いなさいよ…!!!」
オレにはもう何も言えなかった。
だって、何か言えば嫌いになるだろ?オレの事、もっと。
「…嫌い。大嫌い。いっそベルが死ねばよかったのに!!!!!!!」
…あぁ。
もう既にめちゃくちゃ嫌われてたんだった。
手が、足が、震える。
情けねー。
「ごめん朔」
「………何、してるの…離して」
「ごめんな」
「何で謝ってるのよ」
朔に嫌いって言われて、すげー殺意篭った目で睨まれて、それで気付いたら朔の背中に縋り付いてた。これ無意識。本当。マジ。情けなさすぎて笑える。
「あんたが何考えてるのかわからないけど、謝ったって私の全ては戻らない。私はあんたを許せない」
「嫌いって言われて、何か知らねーけど無性に怖くなった。
…王子を嫌うなんてあり得ねーって…。朔以外の奴はどうでもいいけど、お前だけが欲しくて欲しくて堪らないから…」
震えを隠すみたいにぎゅっとしがみ付く。餓鬼みてーな自分にほんと呆れた。けど。それでも。
「だから…嫌いなんて言うなよ、朔…」
オレにはもう、縋り付く事しか出来なかったんだよ。
「…やっぱり、あんたを許せない」
「……」
「…でもね、
私はベルを嫌いにならないよ。
その代わり、私が大切にしていたあの人が死んだ事、あの人を失った私の心が今ボロボロに崩れそうな事、わかって。もしあんたが私を愛するって言うなら…丸ごと愛して」
朔は狡い。
オレがそんな事出来ないって分かってて言ってんだから。
「私はベルが1人にならないように、側にいるから。」
やけに明るい月から逃れるように、情けない泣き顔を朔に見られないように、オレは目の前の薄い肩へ顔を埋めた。
「…朔って暗殺者にむかねぇよな」
「何で?」
「だって…優しすぎ。王子だって、分かるぜ。
別に人が死んでも何も思わねーから、考えてなかった。嫌われるなんてさ。
でもさっき知ったんだよ。
…寂しいって、こういう事、な」
朔が欲しくて、彼奴に取られたくなくて、離そうとした。結果はどうあれ彼奴はいなくなって、I'm winner ,
王子は無事姫を手に入れられましたとさ。
なのに。
朔の気持ちはまだ彼奴に有って。
全て失うよりはマシだと思った。
多分、それだけの事。
ー癒えるまでは側にいてー
どうしようも無いと知った後も朔が欲しい気持ちは変わってくれなかったんだ。
2016.01.28 Yuz