Belphegor
「しし。そんなに気になるんだ?湖に沈んだ奴が」
楽しそうに笑うベルが、だだっ広い湖水を見つめる私の背後で言う。
「だから一般人なんてやめとけっつったじゃん」
「放っといて、とも言った筈よ」
「…可愛げねぇ奴」
「それで結構。私に構わないで」
この4個下のクソ王子は事あるごとに私に絡んでくる。特に今みたいに恋人が死んで悲しい時くらい1人にしてほしいのに。
…泣く事すら出来ないじゃない。
「朔が寂しがるから王子が側にいてやろうとしてるのに何だよその態度」
「…いい加減にして。
いつもいつもいつもちょっかい出してきて大体あんたの所為で彼は死んだって気付いてよ!!!!
これ以上私の何を奪おうって言うの、ねぇ…」
私の話を彼にしていたのは紛れもなくコイツだ。今までマフィアである事を隠して付き合ってきた。大切だったから。大切になってしまったから、巻き込みたくなくて秘密にしていたのに、ベルはあっさりと彼を見つけて私の職業をばらしてしまった。
…今回の任務地の書かれたメモまで渡して。
「そんなに私が嫌い?憎い?私がベルに何かした?どうしてこんなに…あぁもう」
「………」
「何とか言いなさいよ…!!!」
冷たい夜風は濡れもしていない頬を乱暴に撫でて去りゆく。乱れた髪はどうしたって顔を覆い隠した。
何もかも馬鹿らしくなった私の足は、
力を失うように膝から崩れ落ちた。
「…嫌い。大嫌い。いっそベルが死ねばよかったのに!!!!!!!」
堰を切ったように溢れた涙と共に思いが弾けた時、ふわりと、けれど強く後ろから人の温度を感じた。
「ごめん朔」
「………何、してるの…離して」
「ごめんな」
「何で謝ってるのよ」
まるで泣いてるみたいに、何かを懇願するかのようにベルはただ謝罪を繰り返す。
「あんたが何考えてるのかわからないけど、謝ったって私の全ては戻らない。私はあんたを許せない」
「嫌いって言われて、何か知らねーけど無性に怖くなった。
…王子を嫌うなんてあり得ねーって…。朔以外の奴はどうでもいいけど、お前だけが欲しくて欲しくて堪らないから…」
喉をきゅっと鳴らして体を震わせるベルが、何故だか今の自分と重なって見えた気がした。ベルもまた、孤独を抱え、誰かを大切に思い、そして失う怖さを知ったんだ。
そんな風に思った所為か、私は静かに続きを促す。
「だから…嫌いなんて言うなよ、朔…」
しがみ付くように回された腕は逞しいけれど、震える指先はその弱さを、まだたった16歳である事を物語っているようだった。
ベルの所為で大切な人を失った事は許せない。
けど、ベルは端からあの人を死なせようとしていた訳では無いし、これは愛を知らない不器用な彼なりの愛し方だったと知った。
「…やっぱり、あんたを許せない」
「……」
「…でもね、
私はベルを嫌いにならないよ。
その代わり、私が大切にしていたあの人が死んだ事、あの人を失った私の心が今ボロボロに崩れそうな事、わかって。もしあんたが私を愛するって言うなら…丸ごと愛して」
この苦しみもあの人の無念も。ベルにもしもその覚悟があるのなら。
「私はベルが1人にならないように、側にいるから。」
月が水面に映る夜、木々の騒めきと虫の音だけが響く中で、ベルの鼻を啜る音が肩口から聞こえてきた。そんな彼はまるで小さな子供のようで、私はそっと、彼の髪を掻き梳いた。
「…朔って暗殺者にむかねぇよな」
「何で?」
「だって…優しすぎ。王子だって、分かるぜ。
別に人が死んでも何も思わねーから、考えてなかった。嫌われるなんてさ。
でもさっき知ったんだよ。
…寂しいって、こういう事、な」
大切なモノが存在するから、孤独は存在する。今までベルは何も持っていなかったんだ。だからこそ何かを失う恐怖なんて知らなかったし、孤独を恐れる事もなかった。
私を大切に思っていたベルは私を失う事を恐れ、彼をここに、呼んだ。
私の職業を知ればきっと諦めるとそう思って。
結果彼は死んで、私は大切な人を失ってしまった。
彼を失った事で、ベルの気持ちが、孤独が、痛い程伝わってきた。
ただ、それだけの事。
ー癒えるまでは側にいましょうー
貴方も傷付いていたのだと知ったから。
2015.10.25 Yuz
2015.10.26加筆