Squalo






死。それは生けるものに与えられる最後にして最大の幸福。己に存在する全ての苦痛からの解放。

しかし人はそれを恐れる。死こそが最大の苦痛であるとして避けたがる。
一体何故か?

原因は概ね多くは死を迎える前に他の苦痛が伴うのを見聞きしている事、そしてもう一つは、死を迎えた後では誰もその体験を語れない(信憑性の無い体験記を除き)事から来る未知の恐怖のせいだろう。

無論私も生きた人間であり、当然だが死を迎えた事はこれまで一度だってない。…彷徨った事はあるが。

そういう訳で。



「死ねスクアーロ」


「何が“そういう訳で”だぁ!!何の前触れもなく殺そうとすんなッつってんだろうがぁ朔!」


「私はいつもボスに些細な事で詰られてる可哀想なあんたを救ってあげようとしてるだけよ」


至近距離、一瞬で放ち拡散した無数の銃弾がスクアーロの心臓や頭を突き破る事はなく、弾き返せなかったこぼれ球も頬や大腿を軽く掠める程度に終わった。


「何が救いだ似非宗教者がぁ」


「あら。無神論者であるこの私に宗教だなんて汚らわしいもの当てないでくれる?」


「似たようなもんだろぉ」


全然違う!と反論しながらも頭の中では、私とこんな風にやり取りするのはコイツくらいだし、可哀想だけどもう少し生の苦痛に苛まれるスクアーロを隣で見てるのも悪くないと考えていたのは態々今言わなくても良い事だろう。


「可笑しいわよね、死んだ方がずっと楽なのに」


「そういうテメーはどうなんだぁ」


「私は幸福なんて求めてないから。寧ろ私の中が不幸で溢れれば良いとすら思ってるわよ」


「ったく、屈折してやがるぜぇ」


暗殺部隊に入ったのだってそう。私は自分の幸福を捨て沢山の苦しむ人を救う生を選んだ。死こそが本当の幸福なの、そこからより多くの人を解放してあげる事が私の正義。

自分を解放してあげられなかった私の代わりに。


「常日頃思ってるがクソサイコな畜生だなテメーはよぉ。
オレはその身勝手すぎる自分基準の正義にこれ以上振り回されるのは御免だからこの際言っとくぜぇ。
野望も刺激も何もねぇ幸福なんざこっちからお断りだぁ。分かったら毎回毎回顔合わせる度暗殺しようとしてねーで寝台の上で可愛らしくただオレに鳴かされとけぇ」


開きかけた玄関扉をスクアーロの手が押さえた事で中に入り損ねた私の頭の横にもう片方の手を突いて、そう一気に捲し立ててきた目の前の奴をキッと睨む。


「馬鹿。阿呆。絶倫男」


「最後のは褒め言葉だなぁ」

ニヤッと笑い軽くリップノイズを立てて口付けると、スクアーロは扉を開けて私を招き入れた。


「最悪だわ…」

だってこんなの不幸でも何でもないじゃない。

そうして任務から帰り報告書を提出した後昼食を取ろうと二人で食堂へ向かえば近くの廊下まで香ばしい匂いが漂う。
くんくん。そうだ。これは私の好きな子牛フィレ肉のローストに違いない。

今まで目を逸らし続けていた所謂生の内に見出される幸福に一度だって目を向けてしまえば。うん、成る程ね。


「依存するのも悪くはないか」


「あ?何だぁ?」


「あんたを殺すのは私が死ぬ時で良いか、って思って」


「はっ。」










テメーが死んだってオレは生きるぜぇ、と言ったスクアーロの背中が何だかムカついたから。









ー空きっ腹に鉛玉ー



弾が放たれなかったというのは、つまりそういうこと。








2015.09.05 Yuz



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