神田


外が明るい。


「…もう朝か」




私が何もしていなくても、こうして日々は勝手に過ぎていく。
暗闇に慣れた目には少し、朝の光は眩くて。
1日ぶりな外の空気が美味しい。



離れてみると思ったより小さい遺跡だった。
こんな小さな建造物の中を私は一日中彷徨っていたのかと思うと、自分の方向音痴さにほとほと呆れてしまう。

イノセンスは見つかったという事が、私のこれが変な力の影響でなかった事を示唆する。




「…帰ろう」




ファインダーとも途中で逸れてしまい、結局ゴーレムから最後に聞こえたのはいつもの通り断末魔だった。
何故私と任務に出掛けたファインダーはこうも死ぬ人が多いのか。
ただでさえその無力さ故に死にやすいファインダーではあるが、それにしても生きて共に帰れた試しがない。
教団では、私と任務に出ると必ず死ぬというジンクスまで噂されているらしい。



私が、守れていないというだけなのだろうか…?



どんなに守りたいと願っても、狙っているように見失い、そして皆命を落とす。

共に赴くのがエクソシストだけであれば、死ぬ者はいないの、だが。


事情を知らなかったアレンには、任務を同じくするまではよく非難もされた。
一方本部へいる間は神田とはよく一緒の任務になり、任務中毎回ファインダーが死んだとして全く追求も無く何事も無かったかのように任務を終えるが。



そういえば…



「…今日は何日だったか」




確か、記憶が正しければ今日は6月6日…神田が誕生日だ。




「彼は今幾つなんだろうか」



18歳以上ではあろうが、具体的に聞いた事がない。
しかし、今更幾つになった?などと聞くのも変ではある、か。
真っ暗な埃っぽい遺跡に一日中いたせいか、何となく気分も淀んでいる。帰る前に町へ寄って神田に何か買っていこう。
要らないと返されるだろうか。そうだな、返されないような物にしよう。



私は駅を目の前にして一人踵を返し、繁華街へ続く道を歩いた。











ーーーーーー






町には色々な物があったが、どれも神田が喜びそうにない物ばかりだった。
…まぁ、神田が喜ぶという表現も甚だおかしくはあるが。
その中でもこれならば…という物を一つ見つけたので買う事にした。




教団へ戻り報告書を提出する為に室長室を訪れる。




「やぁ、おかえり朔ちゃん」




いつものように、彼の顔が少し悲しそうに私を迎える。
彼にこんな顔をさせているのは私だ。
私が任務から帰る度に、ファインダーを一人も連れて帰って来れない度に、こんな顔をするのだ。
君だけでも帰って来てくれて良かった、とでも言うように。




「コムイ、神田は教団にいるか?」



任務に出てはいないか?と聞いた。
どうやら今日は午前中には帰ってきているらしい。
私の任務地はここから少し遠くにある上途中で町を散策していた事もあって、夜明け過ぎに帰路へ着いたとは言え、教団へ戻ったのは正午過ぎだった。



「神田くんなら、今は食堂か鍛錬場にいるんじゃないかな」




私は一先ず、食堂で昼食を済ませる事にした。








ジェリーに和食定食を頼み、程なくして出来上がった料理に手を合わせる。
13時を少し過ぎたこの時間帯は、私と同じく昼食を取りに来る者たちで活気立っていた。


尚、神田は昼前にはここに来ているらしいので、今はきっと鍛錬場だろう。


「いただきます」



温かいお味噌汁は、いつの時もささくれ立った心をじんわり癒してくれる。










「ご馳走様」


丁寧に食事の挨拶を済ませて食器を片付け、空腹が満たされたからか若干の眠気を感じつつも、贈り物を携えて鍛錬場へ向かう。


奥で座禅を組んでいた神田を見付けたが、邪魔をしてしまうと悪いので折を見てまた来ようとしたところ、ぱち、と目が合った。





「帰ってたのか」



「あぁ、先程戻ったところだ」



いざ渡すとなると多少気恥ずかしいのか、神田と以前どのように会話をしていたか急に思い出せなくなる。




「俺に用あんだろ?」



やはり勘が鋭いのか、神田は核心をついてくれる。
これで幾分か話を切り出しやすくなった。




「お前は今日誕生日だっただろう。町に寄ったついでではあるが、そのお祝いにプレゼントを買ったんだ。受け取ってくれたら嬉しい」



店で店員に誕生日用かと聞かれて素直にそうだと言うと可愛らしくラッピングされてしまったので心配ではあったが、神田は特に問題なく受け取ってくれた。



「お前、贈り物とかするんだな」




「その存在に感謝をするのは悪い事では無いと思う。
神田がいなければ今頃死んでいた人もいるだろう。私も日頃助力してもらう事は多い、故にお前と、神に感謝する。

生まれてきてくれてありがとう。神田」




こう言えばお前は感謝される筋合いは無いと言うだろうが、これは完全に私の自己満足だと思ってくれればいい。



「神か…。あんなのただ不幸を生んでるだけだろ」




伯爵や教団と変わんねぇよ。そう言って再び神田は眼を閉じる。



「…神は」



「?」



「神はその尊さを教えてくれた」




私達を突き落とすのは神、そして私達を救うのも神。
両側面はあるが、しかし私はそのどちらも愛おしいと思ってしまうんだ。
幸福とは不幸ありきのものなのだから。




「はっ。お前も中々最低な奴だな、朔」




「あぁ。お前が思っている程、私は出来た人間では無いと言う事だ」




そう言って今まで出会った数々の場面を、人を、私はまた思い出した。













ーーーーーーーー




朔が鍛錬場を出て行った後、座禅に区切りを付けて部屋で六幻の手入れをする。


彼奴はこの世界では少しばかり変わってる。
聖職者とはその名に反して汚いものだ。だが朔からは汚れも戸惑いも見られない。
つまり達観しすぎてるって事だろう。
朔を見ていると、まるで記憶にも無い故郷の日本を見ているような気がした。






手入れを終えて、そう言えば、とプレゼントの包装を解く。





中にあったのは螺旋状の砂時計だった。
凝ったデザインはそれでいてシンプルにその時の流れを強調している。




ひっくり返し、花瓶の乗ったテーブルの上に置く。
砂は煌々と輝き、さらさらと下へ流れ落ちていく。
その様子は見ていて何故だか飽きなかった。
途中でカチ、と軽い音がした。



5分後。螺旋の中には小さな光る宝石があった。
これが穴を狭めていたらしい。と言う事は反対側にひっくり返せば、3分ってとこか。
砂時計はそのまま、テーブルに置いておく事にした。



彼奴は俺に何を伝えたかったのか。



直接問い詰めるのも良いが、なんとなく野暮な気もした。



「時間がねぇ。」




俺に時間が無い事、俺が焦っている事を朔は知ってる筈だ。



疑問は残ったままで、その後来たリーバーに呼ばれて次の任務の説明を受けた。



「場所はーーー、出発は明日だ。朔ちゃんと行ってもらう事になってるから。リーバーくーん!朔ちゃんまだ?!」




「…コムイ、この任務ファインダーが居ねぇ。何故だ?」




そう問うと奴は途端に顔を強張らせた。



「…朔ちゃんの噂は知らないのかい?」




「噂?何だそれは」




噂など、聞いた事はない。そもそも他人とそんな下らない話をする事自体ない。





ーーーーーーーー






「ーだから、朔ちゃんの任務になるべくファインダーを同行させないようにしてるんだ。今回の任務はただの調査だから、ファインダーからの報告書のデータを君達に渡す形で行ってもらう事になっている」




そこまで聞いて俺は、先程の朔の言葉を思い出した。



“神はその尊さを教えてくれた”

“幸福とは不幸ありきのものなのだから”





「…彼奴は」



「遅れてすまない」



「!」


かちゃり、という音と共に扉が開き、朔が隣に座る。




「やっと来たね。ではこれが任務の資料だ。出発はーーーーー」









ーーーーーーーーーーーー





「朔」




説明を終えて部屋を出ると、神田から呼び止められた。



「どうした?」




「砂時計。何だあれは?」




彼は私が先程渡した砂時計について聞いてきた。



私はただ、アンティーク屋さんで見つけたあれが今の神田に役立つのではないか、と漠然と思って贈った訳だが。

確かに、何故必要だと思ったのかと問われると、ちょっと思い出せない。
ただ、ほんの少しでも彼の気が休まるように、と…。







そうだ。




焦っていては見落としがある。辛いだけでは時が早く過ぎるようにと願ってしまう。心を休ませなければ、荒んでいってしまう。

それを伝えたかったんだと思う。




「…あの砂時計は落ち着くだろう?

私が釘付けとなったあれならばきっと、お前も気に入ると思ってな。
…砂が全て落ちるまではせめて休むといい。
静かに考え事するのも、中々情緒がある。

…迷惑なら、すまない」




そう説明すると、神田はそうか、と一言呟き私に背を向けた。




「忠告は聞いとくぜ。朔」




神田が、少し笑ったような気がした。












ーーーーーーーーーーー




砂時計の意図していた事は至って単純なものだった。



休まない俺を休ませようとした朔の策。


「食えない女」



彼奴は普段からエクソシストとしても、人としても聡明だ。
だからこそ信頼出来る。
そして、あいつの言葉を聞いて分かった事一つ。




「なら、お前が俺を休ませろよ、朔」





驚くべきは、あの砂時計を見て落ち着く自分がいた、という事だ。
そして彼奴といると故郷を見るような、安堵にも似たものを覚える。これは会った当初からそうだった。
それは俺の中の“記憶”が求めるあの人とは違う感覚。

















「じゃあ、行ってらっしゃい」




「あぁ、行ってきます」



コムイ達の見送りを経て、朔と船に乗り汽車を目指す。




「…朔。お前、日本に行った事はあるか」




そう話を振れば、小さく頷いた。



「ぼんやりとだが、記憶がある。恐らく幼い頃、私は日本にいたのだろう」



こいつは俺と同じ、日本人だった筈だ。

俺に関しては人種や国籍といった概念は薄いが、朔は違う。



「美しい思い出だ。最も記憶はあれど、それが本当にあった事なのかどうかもあやふやなくらいにふわふわとしていて、今でははっきりと覚えていないのだが」




朔の慈しむような表情は、まるで全てを許したように穏やかだった。





「…母上や父上がいたんだ。屋敷の中を、共に歩いた。他愛ない話をして、陽の光が差し込む渡り廊を歩いていた。晴れ渡る空の下、鳥の囀りや、鮮やかな草花の植る庭を眺めながら。そこで、こんな時間がきっとずっと続くのだろうと、幼心ながらに考えていたものだ」



しかし、と、話は続いた。



「戦で父上を失った母上は、塞ぎ込むようになってしまった。
母上の中から化け物が出てきた時、今助けるね、と泣きながら刀を手にして、そして気付いた時には、屋敷は血の海だった」




「その後、クロスに拾われたのか」



朔はクロスに連れられて教団にやってきたと聞いた。

こいつは俺より歳上で、俺よりも小さな頃にエクソシストとして教団に就いたとも。



「そうだよ。赤い髪を見たんだ。私は彼に抱き抱えられ、その後の記憶は無い」




…こいつの覚悟は、一体何処から来たものなのか。
聞いていれば、それは母親がAKUMAになる前から自身に備わっていたものと思える。





「…えっと、すまない。
退屈な話をしてしまった。私としたことが」




「いや、いい。
…お前、最初から朔なんだな」




「…?」




「朔を見てると、俺が日本人だった事を思い出す」








問題無い、と思った。
何処から来る自信かなど、今は考える必要無い。


「昨日、俺に休息が必要だと言ったな?」




「あぁ。神田は少し休むべきだな」




「お前が、休ませてくれるか」





ただの気の迷いなどと言う言葉で片付けられるような感情では無かった。
俺がそれに気付いたというだけの話だ。




「酸いも甘いも教えろ。
朔」




そう言えばそこで初めて、朔が考える仕草をする。




「神田が…私に求めるものとは、何だ」




「存在。俺の中にお前が存在している事、そこに意味がある」



それは決して、消える事の無い感情の存在。
その証明を、お前がしてくれればいい。




「…良いだろう。私自身お前の事は、以前から何かと気にかけていた。
…フフ。これで心配が減るな。これから…否、
これからもよろしく頼むよ」





その言葉を聞いてすぐ、目的の陸地が見えた。



「ねぇとは思うが、今後も任務で足を引っ張る事は許さない。だが、何かあれば連絡しろ」




「了解だ」




その日、任務はいつにも増して順調で、迅速に終了した。
















ーーーーーーーーーーー





「おかえり朔ちゃん、神田くん。随分と早かったね。イノセンスの回収も出来て何よりだよ。それでは、報告よろしく」




想定されていた任務期間よりも大幅に早く遂行して帰ってきた二人は、報告中も何だか距離が近く、いい感じな雰囲気だった。




「何々、なんか二人とも近くない?」




「なっ!コムイ、あまり安易にそのような事を言うものじゃない…」



そう言った朔ちゃんは赤く、神田くんはそっぽを向いて舌打ちしていた。



「行くぞ、朔。報告は済んだ」




「あ、あぁ…」




そうして神田くんが朔ちゃんの腕を引いて部屋を出ていった時に…

僕は確信したよ!!!!









ーーーーーーーーーーー









「え?神田が朔と??兄さんそれって本当なの?」



「間違いないさ!!リナリーも、最近二人の距離が近いと思わないかい?」




コーヒーを淹れてくれたリナリーに、先日あった事を話す。




「私はアジア支部から今日本部に帰って来たばかりだから、ここではまだ二人に会ってないけど…」




それに朔と神田が仲良いのは最初からだし…と言うリナリー。でも僕は知ってるんだよ。



「神田くんが今まで朔ちゃんの腕を引いてるとこなんて見た事あるかい?!
後、帰るならいつも勝手に帰る神田くんが、態々朔ちゃんと帰るってのも怪しいよね〜」



そう、これは恋さ!!!




「コムイさーん、神田とラビ見ませんでした?」



「あ、アレンくん、丁度良かった!今神田くんの話をしてたところだよ〜」



「あっ、本当ですか!神田は何処なんです?引き継ぎの資料届けないと」


僕は神田くんと朔ちゃんの事をアレンくんにも話す。



「はぁ?!あのバ神田が人を愛するなんて…!無い無い!!あははははははは、…は」




アレンくんがお腹を抱えて笑っていると、神田くんが中に入ってきた。




「神田くん丁度良かった!アレンくんが君を探してたんだ!」




「奇遇だな。俺もてめーに用があるぜ」



鬼の形相をした神田くんがアレンくんを睨んでるけど、今の君はどこか桃色に見えるよ!




「神田、いるのか?これから…」



「「「あ」」」




噂をすれば朔ちゃん!アレンくんは玩具を見つけた猫のように目を輝かせる。



「朔!このバ神田どうにかしてください!僕殺されちゃいますぅ〜」



「チッ!このクソモヤシ!!!」




「こら神田、あまりアレンと喧嘩するんじゃないぞ。ところでこれから鍛錬に行くんだが、付き合ってくれるか?」



「…。…あぁ」




神田くんは少し考えた後、またこの前のように朔ちゃんの腕を引いて、部屋を出ていった。




「…ね!!見たでしょ!!あの神田くんのデレデレ具合!!」




「確かに…神田にしては…」


「そうね…神田にしては」



「そうなんだよ!神田くんにしては優しいんだよ!!」




「なぁ、今ユウと朔が仲よさげに歩いてったけど…って、みんな集まって何してるんさ??」



「あっラビ!!はい資料!ってか、あっ、神田に渡し忘れたっ!」



あーラビも来て…今日の室長室はなんて賑やかなんだろうか!
賑やかついでにコムリンでも作ろうか!



「神田くんはね…朔ちゃんと付き合っているんだ!」



そう僕が教えてあげれば、扉の前でアレンくんから資料を受け取っていたラビはムンクの叫びの如く驚愕して、そのまま泣きながら去っていった。



「朔〜どういう事さああああああああああぁぁぁ…」




ラビの叫び声が段々と遠ざかる。

僕はその後暫く教団の中の一つの春を思って胸をときめかせていた。


…リーバーくんが来るまでね。













end?


神田さん、1日遅れたけどお誕生日おめでとう。オチないしイチャイチャもないから、続きを書こうか迷っている。


2015.06.07 Yuz
2017.09.16 修正




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