昔、私がまだ小さかった頃、人には見えない不思議なモノが見えた。そこら中を漂う小さな黒いモノ、中くらいのすばしっこいモノ、人に悪さをするよくないモノ。多種多様なそれらは、総じて人には見えないモノらしく、私はとても怖かった。誰に話しても信じてもらえずふさぎ込んでいた時、唯一私の話に耳を傾けてくれた母に手を引かれ、ある場所に行った。
 それから……、

「っ、」

 ぼんやりとした感覚から引き戻されて身体を起こす。急激に覚醒した意識についていけず、きょろきょろと辺りを見回した。瞬いても瞬いても、視界は真っ暗闇。けれど、どきどきと早鐘を打っていた心臓が落ち着いていくのと同時に、ゆっくりと視界も澄んでいく。暗闇の中でもうっすらと物の輪郭が浮かびあがる。
 未だ、慣れないベッド。静かな部屋に自分のものではない寝息が微かに響く。音をたてないよう気を配って、そっとベッドから出ると窓際まで手探りで歩いた。窓を隠すカーテンを僅かに引く。切り取られた空はまだ濃藍で、東の方角がほんの少し白んでいた。どうやら目が覚めるにはあまりにも早過ぎたようだ。
 ずきずきと鈍く頭が疼く。昨日……日付が変わっていたから今日の未明だろうか。とにかく眠りについたのが遅かったから、睡眠時間が足りていないのだ。そう意識するなり急に欠伸が込み上げてくる。時計など見なくても、もう一眠りするには十分に時間があることは星が沈まぬ空が示してくれている。窓に背を向けベッドへ戻ると、少し冷たくなった布団に滑り込んで身体を丸くする。
 閉じた瞼はあっという間に重たくなって、まばたきどころか再度持ち上げることさえ直ぐに困難になった(そもそも、もう一度目を開けようだなんて思いもしないのだけれど)。
 意識が、遠のいていく。

「……ゆ、め」

 そういえば、私はどうして目を覚ましたのだろう。何か、そう、とても…懐かしいものを見ていた気が、する。きつく閉じた瞼の裏側に、目を覚ます直前まで見ていたものを描こうと足掻く。
 不明瞭な幻、怖いモノ、優しい笑顔、あたたかい手のひら。微睡みの中に浮かんでは、消える。点々とまばらなそれらを繋げる前に、私の意識は眠りの底に沈んでいった。





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