僕はこの感情を知っている。なんて言ったって唯一無二の完全な新人類だからね。あいつらのような出来損ないの量産じゃない。母さんの期待を背負うただ一人の新人類だ。
 僕はこの感情を知っている。それは皮肉だけど、あいつが教えてくれたんだ。僕は別に知りたいとは思わなかったけれどね。だってこの感情は僕にとって不要なものだった。エルキドゥにとっては必要だったのかもしれないけれど、今やキングゥである「僕」の体にも心にも不要なものだ。必要のないものだったんだ。僕は作られた人形。この体はエルキドゥのものだ。僕の精神はエルキドゥとリンクしている節があるみたいだし、多少無意味な事をしでかしても、それは僕の基になったエルキドゥの体に起きた不具合の影響だと、そう認識している。
 僕は完全な生命体だ。この地球上のどんな生命だって辿り着けなかった至るべき極地、どこにも欠陥のない完成された理想の新人類だ。だから僕は、この感情を知っている。この感情の正体を、知っている。だけどこの感情との付き合い方はどうしてかわからない。まだ知識がないのか、別の理由なのか、何故だか知り得ないがわからない。その事実に納得が出来なかった。完璧な生命ならばこれの扱い方だってわかっていて当然だというのに。

「キングゥは綺麗な体をしているよね」

 目の前に座した旧人類が僕の頬を撫でながら言ってきた。そんなのは至極当たり前のことだよ。僕は作られたモノ。何者にも劣らない、全ての生命の格なる上の存在なのだから。なのに、褒めれらているのはエルキドゥの体。それがどうしても気に食わなかった。内側から粉々に破壊してやりたくなるくらいには。
 どうしたらいいんだろう。この感情の正体を知っているのに、僕は肝心の、その扱い方を知らないんだ。あいつ――そう、ギルガメッシュに対しては、エルキドゥの体としての記憶や感情があったから、扱い方は何となくわかる。だけどこの感情は?どうしたらいい?僕はこの感情をどうしたらいい?この感情はエルキドゥにもなかったものの筈だ。だって、この体が作られたものだったんだから。意思を持ったのは後付けだったんだから。最初は兵器としての機能しか持たなかった筈なのに。なのに、僕は、

「きっと、キングゥにはわからないことだと思うけれど。私はキングゥを愛しているよ」

 目の前の彼女が、愛を囁いていた。
 君は僕を馬鹿にしているのか?愛くらい僕にだってわかる。以前はわからなかったし、くだらないとも思っていたけど、それはギルガメッシュにエルキドゥ()の体を通して教えられたことだった。母さんからの期待もその「愛情」だと言い切れる。君たち旧人類の言葉で言うならこの「愛」というのは友愛や家族愛というのだろう?それくらい知っているさ。友愛はギルガメッシュが、家族愛は母さんが、兵器としてのエルキドゥ()に教えてくれた。だけどこの「愛」は何だ?どれに分類される?僕にはわからない。いいや、違うわかっているとも! だけどこんなのは僕の意思じゃない。きっとエルキドゥの意思だ。そうだ。きっとそうだ。ギルガメッシュと過ごして、僕ですら理解し得ない余計な感情まで知ったに違いない。
 そうして、もう何日も自分に言い聞かせ続けているけどどうしても納得が行かないことに妙に苛立った。こんな感情、新人類の僕にはいらないのに。こんなことで苛々なんてしたくないのに。腹立たしいことは世の中に溢れんばかりに巣食っているというのに。こんな、

「私はあなたが好きだよ。エルキドゥじゃなくて、キングゥが」

 こんな、陳腐な事を言う頭の悪い旧人類なんてどうだっていい筈なのに、どうして僕の作り物の心臓はその言葉に連動して浮かれているんだろう。この昂る想いは何だろう。体の奥底の方から何か熱いものが顔に向かって昇ってくる、この熱はなんだろう。頬の辺りに滞留して、熱い。なんだろう、これは。
 知っている。本当はもうこの感情の正体を知っている。だけど受け入れたくないんだ。この感情を受け入れてしまったら、僕は僕でなくなってしまいそうだから。それこそ君みたいな、愚かな旧人類に成り下がってしまいそうだったから。
 くだらない、くだらない。こんな感情はくだらない。いらない、いらない。僕にはこんなものはいらない。そう思うのに、彼女が、僕の名を呼ばなくなったら?あるいは、彼女が僕でなく「エルキドゥ」の名前を呼ぶようになったら?考えたくないのに、そんな疑問が勝手に浮かんでくる。認めたくないけれど、僕は君がいつか僕の名前を呼ばなくなることを恐れているんだろう。おかしな話だよね。恐れなんて、兵器である筈のエルキドゥ、そして僕にだって存在しないものだったのに、彼女に出会ってから余計なものばかりが生まれてくる。それが気に食わない。

「だからそんなに寂しそうな顔をしないで」

 寂しそうな顔をしているだって?僕が?馬鹿な。自分のことながら信じられない。彼女の柔な腕が僕の背中に回って、太陽のような、春の野のような、そんな匂いが鼻腔を擽っている。こんな匂いくらいでなんで僕はこんなにも安心感とやらに包まれているのか、理由はわからない。僕のこの手は、君たちのような間抜けな旧人類をこの地球上から消す為に作られたのに、愚かな人類史を焼き払うために与えられた手なのに、彼女の手のひらが温かいことがどうしてこんなにも湧き上がる思いに繋がるんだろう。どうして彼女に名前を呼ばれる事がこんなにも、嬉しいんだろう。
 嬉しい、そうだ、この感情は嬉しい。それは僕も知っている。母さんに新人類としての期待を持たれた時に抱いた感情と同じだったからだ。だがどうして僕はたかだか名前を呼ばれるというだけの行為である「そんな事」が嬉しいのかがわからない。彼女の体が僕の体を包んでいる。温かいと、感じた。この体温に対して離れないで欲しいと、そんな欲が湧いてくることはおかしなことなのに、そもそも欲望と呼ばれる類のものが目の前の旧人類に対して湧いてくる事自体がおかしいのに、僕の腕は僕の意思に反して彼女の体に回っている。

「名前」

 気付けば彼女を指す固有名詞まで口に出している始末。そういえば、初めて彼女の名を呼んだかもしれない。今まで名前なんて意識したことすらなかった。どうだって良かったから。なのに、本当におかしい。
 ついに壊れたのかもしれない。ああそうだ、きっと壊れたんだ、壊れたからこんな、こんなことになっているんだ。こいつのせいで完全体の筈の僕は壊れてしまったんだ。ああ憎い。憎い。早く直さないと。早く殺さないと。
 そう思うのに、もし直ってしまったら僕はこの喜びを忘れて、そして彼女は僕の元を離れて行くのだろうか。もし僕が彼女を殺したら彼女は、いいや、僕はきっと――

 ふと見れば、名前は鳩が豆鉄砲を食らった様な間抜けな顔をして、それから直ぐに笑って僕を見た。ああ本当に愚かだ。こいつは僕がたった一言名前を呼んだくらいで馬鹿みたいにはしゃいで。人生に何一つとして悩みなどないとでも言いたげな顔で僕に抱きついてきた名前は本当に愚かだ。締まりのない蕩け切った阿呆面を晒して僕に擦り寄ってくる。その阿呆がどうしようもなく愚かで、愛しいと感じた。
 愛しい。そう、僕はこの感情を知っている。

 だけどこの感情の扱い方は、まだ知らないんだ。

ヒューマンエラー

あとがき

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