※1部6章のネタバレを多く含みます。夢主はキャメロット以前からガウェインと関わりがある設定


 特に苛烈を極めた今回のレイシフトはだいぶ精神的にも疲労が蓄積しており、マシュと別れて自室に戻った瞬間、事切れたようにベッドへ沈んだ。
 目を瞑ると瞼の裏に蘇る数々の戦闘場面を追体験するような興奮に、これだけ疲れているというのに一切の眠気が訪れない。中でも特段頭にこびり付いて離れない出来事が尚私の睡眠を阻害する。正門での粛正の瞬間、動けずにいるマシュを煽る“彼”の姿。玉座に向かって走る私達の行く手を阻む太陽の騎士。私とマシュ一行は、あろうことかあの時空で危うく生命を刈り取られるところであったのだ。とはいえ、グランドオーダー中に此方の命を狙ってきたサーヴァントと言ったら他にも数多くこのカルデアに召喚されている。だが、ガウェインはそのどのサーヴァント達とも違った。理由は明解で、私と彼はここカルデアで、所謂恋仲であるからだ。
 ここには件のガウェインがいるが、他のサーヴァント同様「ここの」ガウェインはそのような自分が別の場所に存在していたとは当然の事ながら知り得ない。もし仮にガウェインにその時の記憶があったとしても、私はその行いを咎めたりはしないだろうが。あの時の彼は確かに壊れていたが、王を思う気持ちに嘘偽りは無かったのだから、その気持ちを咎めるだなんてどうしてできよう。だが恋人に本気で殺されかけただなんて、パラレルワールドでの冗談だったとしても笑えない。
 あの時の恐怖と絶望を思い出し、快適な温度に設定されている筈の自室で体が一人でに震え出す。それは風邪を引いた時のように暑いのに寒い、という体温の喧嘩を体内で起こし、脂汗が額に滲む感覚に疲労で殆ど力の入らない手足を動かして冷蔵庫に辿り着き、やけに重い扉を開ける。冷えたペットボトルから勢いよく水を流し込んでベタベタになった体を洗い流すべくシャワーを浴びたが、その後は結局一睡も出来ないまま朝を迎えたのだった。



「マスター、この度はお疲れさまでした」

 前方から私の名を呼び、晴れやかな笑顔を携えて歩み寄って来るのは昨夜の睡眠妨害の原因を作った人物である。ガウェインが、親愛をこれでもかという程に織り込んだ声でそう呼びかけてきた。私の目前まで歩み寄り、跪いて右手を掬い取ろうというまさにその時、自分でも無意識のうちにガウェインから飛び退いていた。

「近寄らないで!」

 ふと気が付けば、私は半ば悲鳴に近い声でそう叫んでいた。それは自身でも驚く程の声量で、一度目を瞬かせる。だがそれも一時で、意思に反して私の顔面は鬼のような形相になり、跪く彼を睨みつけている。ガウェインはと言えば予想だにしなかったであろう私の声量に怯んでいた。言葉も満足に出せずまま固まっている彼が視界に映っているが、私はそれ以上言葉が浮かばず、早足でガウェインの隣を通り過ぎた。我に帰ったガウェインは勢いよく立ち上がって後を追ってくる。数歩で追い付いた彼が血相を変えて問い詰めてきた。

「な……何故!」

 向こうは向こうで気迫が凄まじい。精悍な顔が至近距離にあるというのに、私の心は彼を拒絶していた。ただ彼が、

「怖い」

 怖い、という感情しか浮かばない。
 驚くほど怯えた声になってしまった自身の声に再び驚きながら目の前を見やれば、ガウェインは頭上から金盥でも落ちてきたかのような顔をして固まっていた。

「名前……?」

 訳が分からないといった顔で立ち竦むガウェインは確認するように私の肩に手を置く。だがたったそれだけのことですら、置かれた手を見て幽霊でも出たかのような気分で振り払っていた。ガウェインは振り払われた手をもう片方の腕で抑えたままいよいよ動けずにいる。その間に逃げるようにして走り出す私をすぐに我に返ったガウェインが追いかけて言葉を投げかけてくる。

「せめて……せめて理由をお聞かせください!」

 羽交い締めにするようにして背後から抱き込まれ、悲痛な声音が耳に届くが、今の私には背をとられたという恐怖と、その力強い抱擁に自身の力では到底振り払うことなど不可能という絶望が綯交ぜになって襲い掛かっていた。後ろから顔を覗き込むガウェインの青い瞳が揺らいで、その深さに呑み込まれてしまいそうで、特異点での彼と重なる。顔から血の気の引く感覚が痛いほどわかる。これは流石におかしいと気付いたのか、ガウェインが手を放しかけると同時に、私は糸の切れた操り人形の如く意識が遠のいて行くのを感じていた。



「どうか理由を教えてはいただけないでしょうか」

 自室で目を覚ました私のベッド横に黒い影がある。覚醒しきっていない瞼を持ち上げてその姿を確認すると、それが彼であると理解し、声にならない声が喉元を過ぎていく。悲鳴にならなかった声が喉の奥でひきつって掠れた吐息になる。そんな私の反応を見て、膝をつき私の手を握っていたガウェインの顔には絶望の影が色濃く刻まれた。私に何か不手際があったのならば改善いたします。眉を下げて伏し目がちに言った顔はどんどんと沈んでいく。何を言っているのかすらよく聞こえない。
 こんなにも必死になって私の言葉を求めるガウェインがあのキャメロットのガウェインと同一人物だとは到底思えない。向こうは事情を知らないのだ。悪気があったわけではない。正確にはあの時代の歪んだ特異点では明らかにこちらに敵意をむき出しにしてきていたが。頭の片隅ではそう理解しているのに、拭えない恐怖が背筋に纏わり付く。だがそれ以来一切の言葉も話さなくなった部屋の空気の重さに堪えられず、私は存外素直に言葉の端を零していたのだった。彼のその行為は無言の訴えであったが、自分でも気付かぬうちに、彼のその目の必死に懇願する様に観念していたのだ。
 今回の特異点での出来事。それからは殆ど無意識で彼を避けてしまったこと。別人だとわかった上でそれでもその恐怖を拭えなかったこと。それらを語ると、自分が酷く最低な人間に思えて真っ直ぐにガウェインを見ることが出来ず、反射のように彼から背を向けた。自分でも情けないと感じる程に消え入りそうな声しか出せない。段々と涙が滲んできて、泣きたいのは意味もわからず避けられていた彼の方であろうに、自分は何処までもむしのいい女だと実感して、ついに声に涙が滲んできた。

「申し訳ありません。たとえ特異点の影響を受けていたとしても名前を傷つける……ましてや無抵抗の民を手にかけるなど……あってはならないことだ」

 どこから見ても私の自己中心的な行動の所為であるというのに彼は真っ先に謝罪の言葉を口にする。暗く沈んだ顔で俯いたガウェインが実体の何倍も小さく思えて、部屋の蛍光灯を受けて揺れる金糸の髪が彼の顔を覆って表情はよく見えなかった。

「ごめん、違うガウェインだってわかってるんだけど、どうしても受け入れられなかった」

 私は起き上がったものの、未だに彼をまっすぐに見ることが出来ないでいる。それは恐怖からではない。胸につかえた蟠りを張本人に話した影響か、あんなにも私を捉えていた恐怖は驚く程素直に影を潜めたが、今度は彼に対する後ろめたさで居た堪れないのだ。薄目でガウェインを伺い見ると、伏せた目線が憂いを帯びて、アイスブルーの瞳が長い睫毛に隠されている。垂れた頭を上げるようにだけ言って視線を逸らす私にガウェインは落ち着いた声音で話しかけてきた。

「私を見てください、マスター」

 ふいに触れる無骨な指先がやけに甘ったるく頬を掠めて、小さく身震いする。彼はこちらの様子を伺う様にして手を滑らせる。だが私は帰還後の数々の非礼とその度に浮かべるガウェインの絶望に似た表情を思い出し、未だに上手く目を合わせられなかった。斜め下の白い床板に落とした視線がそれでも泳ぐ様をなんとか隠したくて顔を覆うと、ガウェインはその手を壊れ物を扱う様に掴んだ。

「私を見てください、名前。別の私など見ずに、どうか今、貴方の目の前にいる私だけを」

 先の言葉に付け足すようにして力強く紡がれた台詞に恐る恐る視線を合わせる私を見つめる彼の目は、あれだけ避けられていたにも関わらず慈しみを秘めていて、なんだか泣きたくなった。

「ごめん、」

 口を突いて出た言葉を皮切りに、喉の奥に痞えていた蟠りが取れたかのように謝罪を繰り返す私を閉口させるように塞いだガウェインの唇が熱い。突然のことに一瞬体が硬直するが、嫌悪感は無かった。伏せたままの長い睫毛が頬に当たってくすぐったい。そう言えば最近は特異点の修復が立て続けで、ずっとこんなことをしていなかったように思う。優しく合わさるそこから伝わる熱に浮かされていると、頬に添えられていた手が後頭部に回り、より強く引き寄せられた。彼を見上げるような態勢で行われることの多いこの行為が、今日は彼を見下げる形で成り立っている。だがその違和感は角度を変えて押しつけられる唇に集中してしまえば微塵も感じなくなる。いつからしていなかったのか、もう一度考えているうちに離れたそこが妙に寂しくて、咄嗟に手の甲で押さえた。名残惜しさを感じるその心を自覚して、ガウェインへの恐怖や後ろめたさが完全になくなったことに安堵した。

「貴女を苦しませるようなものなど……たとえそれが自分であったとしても。このガウェインが全て排除して見せましょう」

 それを見透かしたように言葉を続けたガウェインの唇が再び私に触れる頃には、拒絶していた心が掌を返したように彼を求めていた。

陽射しの嫌敵

あとがき

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