この夏は、彼と──── 彼女は若干伏せた目線を側に控える無表情の男へ投げかけてから、手の平に収まる小瓶へと目線を戻し、蓋を開く。鼻を突く独特の臭いは部屋にたちまち充満していった。
「何をしている、マスター」
カルナは女の見慣れない姿にそう問うた。と言うのも、彼のマスターである女が、古ぼけた椅子に足を乗せ、いやに真剣な表情で己の足先へと何かを注力していたからだ。
「ちょっと塗ろうと思ってね」
答えた彼女が先と違い、此度はしっかりとカルナの方を振り返って小瓶を見せる。サーヴァントはその時代のある程度の知識を備えてから現界するが故に、カルナはそれが一体何であるかわかっていたが、実際に見たのはこれが初めてであった。それは月明かりを反射し、目が眩む程に強く輝いている。
「カルナの色なんだ、これ」
女が見せてきた足の先、黄金と白銀に輝く爪。これはあなたの鎧の色、これはあなたの髪の色。そう説明する女の足の先を見つめる。
「ペディキュアってサンダルじゃないと塗っていても見えないから、足を出せるこの時期にしか出来なくて」
女は塗る手を止めずに言葉を続けた。
「夏になったら、カルナとどこかに出かけたいな。ただ、戦うだけじゃなくて」
後から思い返したあなたとの思い出が、戦いの日々だけで終わらないように。そう寂しそうに笑った彼女を前に、カルナは静かに跪いた。彼の眼光には、着色され鮮やかに彩られた彼女の爪の色が反射する。カルナは立てた片膝に乗せた左手をそこへ添え、窓から入り込む月明かりを受けて光る彼女の足を掬い取った。
「カ……カルナ?」
突如として片足を持ち上げられ、一瞬体勢を崩した彼女は己がサーヴァントの珍行動に焦ったように身動いだ。慌てふためくマスターを気にもとめず、塗られた黄金の輝きよりも幾分か強い目つきで彼女の足を見つめていたカルナは、そのまま静かに顔を近づけ、彼女の爪先へ口づけを落とした。
それは時間にして数秒の出来事であったが、彼女にはひどく長く感ぜられた。静かに顔を上げた彼の長い前髪から覗く開かれた碧い瞳が、驚いたまま動けずにいる彼女の視線と交わる。
「待ち遠しいな」
それまで表情のひとつさえ動かなかったカルナの目元が、光を受けて僅かに緩んでいた。