荘厳な音楽が鳴り止まない、一聴すると煩いまでに音の反響する会場で、音楽に負けそうなベディヴィエールの静かな声は、音の間を縫って彼女の耳に届いた。
「このような場にこのような見た目の私が参加するのは何とも格好が付きませんが、それでも貴方は私と踊ってくださいますか?」
シャンデリアから溢れんばかりの眩い光を受けた髪には艶が浮かんで、すらりと伸びた肢体は姿勢良くそこに佇んでいる。その場に居合わせたどの者から見ても品行正しい彼の姿は毅然としているのに、翡翠を模した瞳は焦点を失って揺らいでいた。
溢す言葉は力強いのに、行動が伴っていない。自信なさげに差し出しかけていた腕を隠すように左手を添えたベディヴィエールのその手の行方を何も言わずに見つめていた彼女は、力なく脇に垂れた彼の腕を無理やり持ち上げるようにして掴むと、一言告げた。
「私にはベディしかいないから」
紡いだ言葉は簡潔だった。彼女の瞳はベディヴィエールと対極するように強い力を帯びている。そのままベディヴィエールの右腕を撫でると、金属特有のひやりとした冷たさが、先刻体内に流し込んだ酒で火照った体には丁度良い塩梅だった。
彼女はベディヴィエールの右手に自身の左手を絡める。細身で色白な騎士には不釣り合いな程の質量を持ったその銀腕が彼女の両の手によって高く掲げられ、大窓から差し込む満月の光を纏った。
「綺麗だね。ベディの腕は。この会場のどの装飾よりも光ってる」
愛おしそうに腕を撫でて微笑む彼女にベディヴィエールは小さく息を吐き出した。完全に力の抜けきった彼の腕の想像以上の重さに震えるその細い両腕から、静かに手を離したベディヴィエールは目礼しながら呟いた。
「……全くもって情けのない、不躾な質問でした。この腕は、私の誇りです」
揺らいでいた翡翠色が焦点を得て定まる。シャンデリアに負けず劣らずの月光がベディヴィエールの瞳孔に反射した。
「知ってるよ。だから隠さないで」
ベディヴィエールは彼女のその言葉に後ろめたさに固まっていた肩を下げて力の抜けた顔で微笑み返した。一度流れるような仕草で彼女の指を解くと、再び左手の指を彼女の右手に絡め直し、触れた箇所から互いの体温が行き来する感覚にベデヴィエールの眦が下がる。差し出された銀腕は、彼女の方を向いていた。
「どうか、この手をとってください。我がマスター」