睡眠不足のその理由

夏合宿三日目。


朝の早い時間というおかげで少しひんやりしている洗面所でしゃこしゃこと歯を磨いていると、背の高い男が鏡に映り込み、緑間が洗面所に入ってくるのが分かった。


「ん、ひんひゃんおはお」

「…おはようなのだよ。そして日本語を喋れバカめ」

「いーひゃん」


口の中に溜まった泡をぺっと吐き出し、口をゆすぐ。そのついでに顔をばしゃばしゃと洗うといくらか眠気が飛んだ。目を瞑って下を向いたまま鏡の前に置いたはずのタオルを手探りで探して、あれどこだ、となかなか見つけられないでいると、ぐっと顔にタオルが押し付けられた。


「何をしているのだよ。タオルくらい早く見つけろ」

「…へへ、真ちゃんありがと」

「…ん?」

「?」


呆れた顔で俺を見ていた緑間の表情が変わり、じっと見つめてくる。


「何?」

「高尾、お前ちゃんと寝ているか?」

「え」

「目が充血しているし、…これ、隈だろう。合宿にも関わらず寝ないとは…テンションが上がって眠れなかったのか?」


緑間の手が俺の顔に伸び、目の下の皮膚を引っ張ったり隈をなぞったりする。あ、あんまりそんな優しく触らないで欲しいんですけど。


「こ、子供じゃないんだから!なんだよテンション上がって眠れないって」

「しかし寝ていないのは事実だろう」


熱くなってきた頬を誤魔化すように緑間の手を押しのける。緑間は純粋に心配してるだけなんだろうけどそんなナチュラルに触られたらびっくりするじゃん…。


「…えっと、俺、環境変わると寝つき悪くなるんだよ。だからいつもよりちょっと寝てないだけ」

「…それならいいが、練習中に倒れても知らないからな」

「大丈夫だって!心配してくれてありがとな」

「別に心配などしていない」

「はは、出た真ちゃんのツンデレ」


そうやって緑間をからかいながら鏡で目を確認する。確かに充血してるか…。まあ大丈夫だろ。


「今日最終日だし、昼までだし、なんとかなるっしょ。じゃ、今日頑張ろーな!」

「当たり前なのだよ」


緑間の言葉にニッと笑って洗面所を後にする。
心配された喜びが今さらになってわいてきて、自然と顔が綻ぶ。
少し上機嫌になって部屋へ戻ったら、朝からニヤニヤするな轢くぞ、と低血圧な宮地先輩に殴られた。





――――――――――





キュッ、キュッとバッシュの音が体育館を満たす。
汗がぼろぼろと流れ落ち、張り付くTシャツが気持ち悪い。
今は部内戦をしていて、スタメン対2年メンバーの対決だ。俺から俺の後ろにいた緑間にパスが通り、パシュッといつも通りのシュートが入って点が加算された。


「うん。まあ、いいかな。よし、休憩」


部内戦の様子を黙って見ていた監督からそう指示が入り、部員の返事が響いた。
自分の分と緑間の分のドリンクを取って、近付いてきた緑間に渡す。


「ナイシュ、真ちゃん」

「フン。当然なのだよ」


壁を背もたれにして二人並んで床に座る。外では蝉の大合唱、冷たくしてあるドリンクを飲んでもどうしようもなく暑くて、髪は水を被ったかの様にびっしょり。というか汗で全身が濡れていて、ああ、夏だなあとぼんやり思う。


「マジあっつい…パンツまでびしょびしょなんだけど」

「パンツなどと言うな公共の場所で」

「いーじゃんバスケ部しかいねーんだから…」


動かなくても暑くて、動いたらもっと暑くて。行き場のない熱が体内を巡って正直勘弁してくれと言いたい。


「プール入りてえ…全裸で」

「もう喋るな。余計にしんどくなるのだよ…」


緑間もさすがの暑さに滅入っているようで、しんどそうにゆっくりとドリンクを口にしている。しんどそうな緑間なんて、結構レアだ。
せっかくだから目に焼き付けておこうと緑間を見つめていたら、監督から集合がかかった。


(…あれ、なんか、おいちょっと)


集合場所に行こうと立ち上がると急激な目眩に襲われた。じわじわと頭に霧がかかるようにぼんやりしてきて、反射的に頭を抱えた。


「高尾、集合かかった…高尾?」

「…ごめんちょっと待って」

「どうした、顔色が悪いぞ」

「……」


立つこともままならなくなってきて、ずるずると再び床に座り込む。頭痛や吐き気も襲ってきて、気分は最悪だ。


「高尾、立てるか」

「…ごめ、無理……」

「そうか」


緑間が俺の顔を覗き込み、貧血と熱中症だな…と呟く。


「高尾、緑間!集合かかってんぞ」

「…あ、真ちゃん、行っていーよ…」

「……バカめ」

「……っう、わ」


大坪さんから声がかかり、緑間に迷惑がかからないようにそう言うと、呆れたようなため息と共に呆れた声が返ってきて、体が宙に浮いた。


「ちょ、真ちゃん!?」

「監督、高尾が熱中症みたいなので部屋に連れていってきます」

「ん?ああ…高尾か。分かった、行ってこい」


監督から許しが出て真ちゃんが歩き出すけど、ちょっと待て。おかしい。
だって、抱えかたが所謂お姫様だっこだ。


「真ちゃん、せめておんぶにしてくれねえかな!」

「騒ぐな、体に障る」

「でもなんでお姫様だっこ!」

「手っ取り早かったからだ」

「〜っああもう!」


頭はくらくらするし、緑間はもう体制を変える気が全く無いようだから諦めて大人しく緑間に体を預けた。
部屋までの道を二人とも喋らずに歩く。歩いてるのは緑間だけだけど。


「…全く、夜しっかり寝ないからこういうことになるのだよ。大丈夫だと言ったくせに、だからお前はダメなのだよ」

「…返す言葉もございません」

「監督もお前の睡眠不足に気付いていたぞ。だからすんなり許しが出たのだよ」

「……」


確かにやたらと理解が早い監督に疑問を抱いたけど。そういうことだったのか。

部屋に着き、緑間が布団に寝かせてくれる。ぶっちゃけ着替えてからとかのがいいんだけど、そんな贅沢は言っていられない。


「で、聞きたかったのだが」

「は」

「眠れなかった本当の理由はなんだ」

「……はい?」


濡れタオルを俺の額に乗せながら聞いてくる。いやいや、朝言わなかったっけ。


「朝のアレは嘘だろう」

「…なんで」

「お前がそんなに繊細なわけがない」

「意外に理由がひどい!」


ほら、吐け。そう言いたげな目で俺を見つめる。そうは言われてもねえ…。


「真ちゃんには教えてあげない」

「どうしてだ」

「どうしても」

「言えないことなのか」

「真ちゃんがバカだから」

「なんだそれは」


不愉快そうに眉をひそめる。バカはお前だ、と言いながら未だ問い詰めてきて。


うんうん。分かってたよ。緑間って鈍感だもんな。乙女の気持ちとか理解出来ないよな。

でも、それでも、この鈍感なエース様に言ってやりたい。





緑間が隣で寝てるのに、ドキドキして眠れるわけないだろ!





(そんなこと、恥ずかしくて言えないんだから気付けよ、バカ!)










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高尾100%様への企画提出物。

乙女高尾です。
なんか夏合宿って聞いてぶわっと思い付いた話を書いたら半日もかからず出来てしまいました。私すげえ。
夏合宿は畳の部屋に雑魚寝、更にもちろん真ちゃんと高尾は隣同士。真ちゃんの寝息とか寝返り打つ音とかがいちいち気になって眠れない高尾妄想したら悶えて床を転がりました。可愛い。
熱中症とか貧血とかってこんなんでいいんですかね…バスケ部ってこんな感じで練習するんですかね…想像で書いた部分多くてgkbrしますひい…宮地先輩低血圧説も妄想ですひい…
因みに緑高は付き合いたてでこの間初めてキスしたとかそこらへんの初々しい時期という設定です。

あとがきが長くなるのどうにかしたい…












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