−SNOW−

「やはりケテルブルクは寒いですわね」

「そうだな」

吐く息が白い。街の景色も全てが白に覆われている。

「どうして付き合ってくださいましたの?」

「こんな、寒い中…、一人で行かせるわけにも、いかねーじゃん」

照れてぶっきら棒な言い方をするルークに笑みが零れる。優しい人。
この感情はどんなに問い質されようとも、偽物などではないと言える。

物資の補給を兼ねてこのケテルブルクに立ち寄った時、ナタリアはどうしても雪の中を歩きたくなった。
色々と詰め込まれ混乱もしている頭の中を整理するために。

ホテルにいる仲間達に声を掛け一人でホテルを出た所でルークが後を追ってきた。
寒いのが嫌だと言っていた彼が自分を追ってきた事。
それはきっと、自分の事を心配してだ。

本物の王女ではなく、実の父とは敵対する…。
ナタリアは例え血筋が本物でなかろうとも王女である自覚はあるからそれらに対する悩みや葛藤を表に出す事はしない。
王族というものは人に弱みを見せてはならない、本当に面倒な生き物なのだと思う。
だけどもうそれは小さな頃からの癖になってしまっていた。

けれどルークはそんなナタリアの気持ちにきっと気づいている。
幼馴染だから…彼の存在が生まれた頃から一緒にいたのだから。

少し昔の彼ならばきっと追っては来なかっただろう。
何故ならそれを察知する事が出来ても、一体どんな感情なのかを理解できなかったから。
苦しいのか、悲しいのか、悩んでいるのか、困っているのか。
そういうものを理解できなかったから。
でも今のルークはそれにきちんと名前をつけて理解できている。
だからこうしてナタリアを追ってきてくれた。

それは後ろめたさや同情なのかもしれないけれどナタリアには嬉しく感じられた。
ルークが少しずつ前に進み始めたと感じれるから。
その事をナタリアは嬉しいと思う。
それはきっと…ルークを…。

黙って隣を歩くルークを見る。
初恋の人と同じはずの彼は今全く違ってナタリアには見えた。
上手くは言えないけれど『優しさ』の表現の仕方が違うと思えた。
どちらも不器用だけれど、ルークは気持ちを言葉に乗せるのが下手な分ダイレクトに感情が伝わってくる。
それは、良くも悪くも…。
だから最初の頃は悪い面ばかり見ていた。
もっと早くルークの優しさに気づければよかったと後悔する事も少なからずナタリアにはあった。
そうすれば彼は罪を背負わずにいられたのかも…。
それは傲慢な考えかもしれないけれど。

そっと手を伸ばしルークの手を取った。
数え切れない罪と後悔、苦しみを抱えた手。
自分が繋ぐ事で少しでもそれらを引き受ける事ができるだろうか。

きっと自分の存在自体も彼を苦しめるのだと解っている。
けれど、それでもこの手を繋いでいたいと思うのは身勝手な事だろうか。

ルークは一瞬驚いた顔をしてナタリアを見返したけれど、少し微笑ってその手を強く握り返してきた。
その手の温もりが伝わる。彼は此処にいて、本物だと教えてくれる。

「ありがとな、ナタリア」

「どうしましたの?」

「俺は本物じゃないのに、こうして手繋いでくれて」

「何を言いますの?私は何度も貴方と手をこうして繋いだではありませんの。子供の頃事覚えていないのですか?」

「でもあれは…俺じゃない」

「いいえ、貴方ですわ。プロポーズをして下さったのは確かに違いますけれど、何度もこうやって私の手を引いて、走り回って、姫としてではなく『ナタリア』として接して下さったのは貴方『ルーク』です」

貴方は本物です、ルーク。
ほら、この感情は偽者なんかじゃない。

彼は初恋の人ではないし、プロポーズをくれた婚約者ではない。
けれど
彼はナタリアの幼馴染で、彼女を姫ではなく一人の少女として扱ってくれた特別な人なのだ。

ルークを知る切欠は間違いや勘違いから入ったかもしれない。
でも
この気持ちが勘違いであるとは思えなかった。
ルークがナタリアの気持ちに名前をつけ理解できるようになったのと同じように。
ナタリアもこの気持ちに名前を付けるべきなのだろうと思った。

(素直になりましょう…私は彼が『好き』なのでしょう)

目蓋の裏に今もある初恋の人とは違う、ルークを好きだと思っている。
初恋の思い出と、好きである事は別なのだと。

今までずっと認めたくなかった。
それを認めるという事は自分の中の罪の意識に耐えられなかったから。
それを認めれば、自分がルークにした酷いとも取れる感情の押し付けを正面から受け止めなければいけないから。
でももう目を逸らしてはいけない。ルークが前を見ているのだから自分も前を見なければ。
過去の思い出だけを寄る辺に生きていてはいけない。
それはルークも、初恋の人も、自分も傷つける。


「ルーク、ゆきだるま作りませんこと?」

「へ?ゆきだるま?…いいけど、別に」

ルークと、何か、新しい何かを作っていけるだろうか。
過去に囚われず、王族でも何でもない。
ただのルークとナタリアとして。

彼が自分を婚約者として見ずに一人の女性として見てくれたら嬉しいのだけれど。


ころころと小さな雪玉が転がって次第に大きくなっていく。
その様はまるでルークに対するナタリアの気持ちの在り方に似ていた。
気が付けばこんなに大きくなっていた。
もう見ない振りは出来ないだろう。

何時か、自分の心を整理できたら彼に告げよう。
ルークが例えナタリアを選ばなかったとしても。

『好き』だと。
そして『ごめんなさい』と。


「冷たい」そう言って身震いしたルークの傍に寄って、頬を寄せ合った。
子供の頃彼が泣いている時にそうしていたように。
自分と彼の7年間はやっぱり本物だと思える。

「あったかいよ、ナタリア」

「そうですわね、ルーク」

この体温の在り処はお互いが積み重ねた歪だけれど『本物』の時間の上。

触れた頬が温かく、二人の間に落ちた雪が熱で溶けていった。
そんな二人を、二人が作った少し歪なゆきだるまだけが見ている。


真っ白な雪の中に隠されていた恋心。



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