▼追伸、君の幸せを願っています 心の何処かで高を括っていた。 口先では「頑張れよ」なんて嘯きながら、心の中では「叶いっこない」なんて最低な事を思っていた。 だから、安心していた。 彼女と、レイアとジュードの関係は動かない。 彼らはずっと『幼馴染』のままだと。 臆病者の俺は友人の位置まで回復したレイアとの関係を、心の底で物足りなく思いながら、その癖今の関係が崩れる事を恐れて立ち止まっていた。 彼女の世界は動かない。ならば、このままでもいい。このぬるい関係でいられるならそれでいいと。 表向きは、俺が彼女に好きという資格なんてない。俺なんかじゃ彼女を幸せにできない。なんて達観したような台詞を吐きながら。 それなのに、俺に向かって微笑むレイアを見ては、彼女の気持ちがこちらに向かないか、もしくはジュードが彼女に対してはっきりとした境界線を引かないかと期待していた。 最低だと思う。 レイアは屈託なく俺に笑いかけてくれているのに。 俺の願っている事は彼女の笑顔を曇らせる願いだ。 けれど、高を括っていたレイアの世界は何時の間にか大きく動き出していた…。 俺は取り残されたままだ…。 甘やかな花の香りの中に潮の香りが混ざっている。 海停に近づいているせいだろう。ル・ロンドは今日も穏やかな雰囲気に包まれている。 何時訪れても同じように。 「でもよかったな。今日アルヴィンがここに来てくれて」 俺の隣を歩くレイアがオフホワイトのスカートを風に靡かせながら、微笑んだ。 後数日で二十歳を迎えるレイアはあの旅の頃から随分変わった。 背はさほど伸びはしなかったが、短めだった髪は今優に背に届くまでになっている。 元々さらりとした質感だったそれは、長めになると風に靡いて綺麗だった。 やや童顔気味だった顔立ちは、相変わらずの愛らしさは残したままだが、その中にふと大人っぽさを覗かせる様になった。 体つきも然り。少女だった彼女は少しずつ、だが、確実に大人になっていった。 そんなレイアと俺は『友人』のままをキープし続けている。 あの旅の終わりからずっと。 「よかったって、何が?」 何時も以上に、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべるレイアを見て、一瞬淡い期待が胸に広がるのを感じた。 もしかして俺がこうして仕事の合間に訪ねてくる事を楽しみにしてくれていたのだろうか、なんて。 けど、レイアは俺の淡い期待を一瞬にして粉々にする一言を次の瞬間、輝かしいばかりの笑顔で告げた。 「あのね、私ね…ジュードと結婚する事になったの」 「えっ?」 レイアの口から発されたその言葉の意味が理解できないまま、耳の中に木霊していく。 一瞬にして、世界の色が消えたように見えた。 思考が固まってしまった俺に構う事なく、レイアは俺の前に2、3歩進み出て、くるりと振り返った。オフホワイトのスカートもやや遅れてそれに倣う。 ほんのりと頬を染め、照れたような顔をしながら俺を覗き込む。 「一番に、アルヴィンに伝えたかったんだ。ずっと…『頑張れ』って応援、してくれたでしょ」 ありがとう、お陰で頑張れたよ。、そう告げる笑顔は本当に純粋で綺麗だった。 「そっか…、よかった、な」 「うん!!」 上手く言葉が紡げない。 結局そこからどうやって海停までやってきたかも覚えていなかった。 「ジュード!!」 船着場から桟橋を渡り、こちらに向かってくるジュードに気付きレイアが手を振る。 生き生きと弾んだ声。反比例するように落ち込む俺の感情。 「レイア、ただいま」 元気よく手を振るレイアに気づき、ジュードは琥珀色の瞳を細めた。 その瞳の色は確かに、レイアを『幼馴染』と認識している色ではなかった。 人の心の機微に敏い事が裏目に出た気分だ。 レイアの言葉が真実なのだと嫌でも認識させられた。 仲睦まじげに、先程俺とレイアが並んで歩いた道を今度はレイアとジュードが並んで歩く。 俺はやや後ろからそんな二人をじっと眺めていた。 レイアの体が弾む度、オレンジブラウンの長い髪も嬉しそうに跳ねていた。 それはほんの少し、ほんの少し手を伸ばすだけで触れられる距離にある。 今までずっと、そう思っていながら、手を伸ばさずにいた。 目の前、すぐ近くにある事に安心しきっていた。 そこから彼女は動かない。彼女の世界はずっとここにある、と。 口先では彼女の世界が動くことを望むような台詞を吐き続けて。 けれど、そう…それはレイアの得意とする事だった。 『頑張る』事。 彼女はそうやって、自分の世界を少しずつ広げていたのに。 俺は心のどこかでそれに怯えながら、見ない振りをしていた。 そうして、臆病さが仇となり、レイアは遠くへいこうとしている。 翡翠の視線と琥珀の視線が絡まり合い、微笑みを生み出している事実にどうしようもない嫉妬を覚える。 理解っていたはずなのに…。 遠くなっていくはずのレイアの笑顔はまだすぐ近くにあって、とても幸せそうで…その笑顔を好きだと感じるのに…とてつもなく辛い。 帰郷したジュードはレイアを連れて実家に戻り、彼女と結婚するつもりでいる事を両親に報告した。 ジュードの家族に混じって談笑するレイアの姿はもう既に、この家の嫁のようにも見えた。 当然の話だ。彼女は小さな頃から、彼らと共にいる。 反対される理由もない。 それから二人はそのまま、レイアの実家である宿屋に向かった。 途中、何度か二人に話し掛けられたものの、俺は気のない返事しか返せなかった気がする。 宿屋に着くと、ジュードとレイアは先程と同じように、今度はレイアの両親に結婚する旨を伝えた。勿論レイアの両親はこの話を手放しで喜んでいた。 彼女の母親は「ずっと昔からジュードは家族のようなもんだったからね」とジュードに笑い掛け、ジュードも「これからは義母さんになりますね、ソニア師匠」と嬉しそうに目を細めていた。 その姿はやはり、彼ら一家にとってもう婿のように自然に馴染んでいた。 全ての人から祝福される二人は、やはりお似合いなのだろう…。 元から俺の入り込む余地なんてなかったんだ。 幸せに包まれたその光景をやや遠巻きに見ながら、そんな事を考えていた。 そうやって自分に言い聞かせているのに…心の中には納得出来ない感情の欠片が散らばっている。 それぞれの両親への挨拶を済ませた後、俺達は三人でテーブルを囲んでいた。 俺の向かいの席、ジュードの隣に座ったレイアは改めて俺に礼を言った。 「アルヴィン、本当にありがとう。ずっと応援してくれて」 「いや、俺は別に…その、よかったな」 『おめでとう』が言えない。おめでとうの言葉が喉の奥に張り付いている。 寄り添い並ぶ二人を前にして湧くみっとも無く、醜い感情。 何故?ジュードはずっとレイアを女としてみていなかったじゃないか? なぁ、レイア。そんな奴でいいのかよ…今までずっとお前を泣かせたり、待たせ続けた奴なんかで。 俺なら…レイアを一番大事にするのに…。 自分が伝えない事を選んだ癖に、今になって未練がましくそんな事を考えてしまう俺…情けなさ過ぎる話だ。 この感情を気取られないように、出来る限り笑顔を作り、適当な会話と相槌を繰り返す。 今だけは、この本心を隠してしまう自分の癖に助けられた気がした。 俺は心でどう思っていようと、笑ったり、冗談めかした言葉を口にできる。 けど、どんなに頑張っても「おめでとう」だけは言えなかった。 「ケーキ、もうすぐ焼けると思うから待っててね」 結婚式の日取りを決めたりする段取りと、談笑の中でレイアはそう言って席を立ちキッチンへ向かった。 視界から完全にオフホワイトのスカートが消えるのを待ってから向かいに座るジュードへと視線を移動させる。 パンフレットを優しげな目をしながら捲る姿に沸くのは、今日何度目になるのか分からない嫉妬。 気がつけば、無意識に低い声で問い掛けていた。 「なぁ、ジュード」 「ん?何…アルヴィン…?」 俺に名を呼ばれ、顔を上げたジュードは思いの他真剣な目をしているのであろう俺を見て、困惑気味の表情を浮かべた。 「おたく、本当にレイアが、好きなのか?」 「えっ…?」 「誰かの代わりとか、二番目とか、そういうんじゃなくて、『レイアが好き』なのか?」 「…アルヴィン…?」 自分でも馬鹿な事を訊いていると思った。 俺にそれを問う資格なんかないだろうに。けど、止まれなかった。俺にしては珍しい話。 俺の問いに暫し困惑したまま固まっていたが、やがてジュードはふっと本当に優しい笑みを浮かべてゆっくりと答えだした。 「うん、僕はレイアが、好き。この気持ちに気付くのに随分時間、掛かっちゃって、レイアにもずっと悲しい想いさせたりしたけど…。でも、レイアはずっと、待っててくれたから…。だから、これからは僕がレイアが今まで想ってくれてた分に負けないように、いっぱいレイアを大事にするし、愛するつもり」 それから、俺の目を見てこう言った。 「アルヴィン、ずっとレイアを支えてくれて、ありがとう」 そうやって微笑った顔は、俺の好きな微笑にそっくりだった。 「…レイア、悲しませるなよ。でない、と俺は…」 馬鹿、余計な事を言うな、と心の中の自分の戒める声で、何とかその先の言葉を飲み込んだ。 向かいの席、俺を見る琥珀の瞳が揺れた。 「アルヴィン…、アルヴィンもしかして…レ、」 「おまたせー。ケーキできたよ!!」 だが、ジュードの問いかけはレイアの明るい声によって上書きされた。 レイアが戻ってきた事で、ジュードも、もう琥珀の瞳を揺らすのを止め、問い掛けも口の中に飲み込んだようだった。 それでいいんだ。今更、俺の気持ちなんて確かめたところで動き出した世界は止まらない。 自嘲気味に息を吐き出した俺の目の前にレイアの細い腕が差し出された。 彼女の手に握られていたのは一人前用の小さめなパイを乗せた皿。 鼻腔に届く甘いピーチの香り。 視線を彼女に向けた俺に気づき、レイアは少し照れくさそうにこう言った。 「お礼。アルヴィンの好きなピーチパイ。アルヴィンのためだけに作ってみました」 感謝の気持ち、そう微笑った顔は、やはりどうしようもなく好きだと思ってしまう笑顔で…さっきのジュードのそれと同じ、だった。 だからだろうか…俺は二人にある提案をしていた。 無意識に近いその提案は、口にしてから俺の中にすっと染み込んで来た。 これで、いいんだと思った。 レイアとジュードの結婚を知らされてから数ヵ月後。 俺は、商売で得た人脈を使って、二人に提案した約束の品を準備した。 『俺に、おたくらの結婚指輪準備させてくれないか?』 無意識に口にしてしまった提案だが、ケースの中、静かに輝く二つのプラチナを見ているとこれでよかったのだと改めて思う。 これで自分の中の気持ちにも整理がつくだろう。 そして何より、レイアはずっとあの俺が好きな笑みを絶やさずに過ごしていけるのだろう。 なら、それでいいじゃないか、と。 俺の中のレイアへの想いをすべてそこに込めるように、リングをそっと指先で軽く撫でた後、静かにケースを閉じた。 一先ず、式よりも先にリングを届けるためそこに添える手紙を認める。 短い手紙。その中にあの時言えなかった『おめでとう』の文字を添えた。 今度はきっと顔を見て『おめでとう』、そう言えるだろうと思った。 手紙を書き終えて、ふっと目を閉じると瞼の裏に浮かんだのはレイアの柔らかな明るい微笑だった。 ゆっくりと閉じていた瞼を上げ、もう一度ペンを手に取った。 “追伸、君の幸せを願っています。” タイトル:hmr様 ジュレイ前提で、ジュードに嫉妬するアルヴィンでアル→レイ/匿名様 この度はリクエストありがとうございました。 ジュレイ前提でジュードに嫉妬するアルヴィンのはずだったのですが、何時の間にかアルヴィンの失恋話になってました(汗)。 イメージされたものと違っていたらすみません。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。 2012.02.04 |TOP| |