キスから始まるディナーをどうぞ


柔らかな唇の感触。僅かに触れ合う睫の先。
やがてタイミングを見計らって、空気を取り込もうと薄く開いた唇の隙間に舌を差し込む。
最初は躊躇いがちだった反応も、少しずつ要領を掴んで来た。
重なった隙間から零れる吐息は甘い。

この段階に来るまでかなりの時間を要した。

そろそろ先に…。


唇は重ねたまま、ジュードはその手をレイアの円やかな胸の膨らみへと伸ばした。
布地越しに手の平に伝わる柔らかい感触に息を呑んだ瞬間。

レイアはびくっと肩を震わせて、ベリッと音がする勢いで唇と胸からジュードを引き剥がした。

「レイ、」
「お、お茶!!お茶飲みたくなっちゃった!!い、淹れてくるねっ」

何か言いた気なジュードから逃げるようにキッチンへと消えていった。

「はぁ…」

やり場の無くなった腕をだらりと下ろしながら、ジュードは盛大な溜息をついた。
こんなやり取りをするのは今日だけでもう3度目になる。
いや、もっと言うなれば、ここ一週間ずっとこんな調子なのだ。


レイアがイル・ファンのジュードの家で共に暮らすようになって3ヵ月。
幼馴染から恋人へと変わって1年半、ジュードとしてはそろそろキスの先、はっきり言ってしまえばセックスがしたいと思ってしまうのは仕方がないのではないだろうか。
それでも、レイアを大事に思う気持ちがあるからジュードは強引にことに及ぶ事はせず、この一週間先程のようにはぐらかされても我慢し続けていた。
けれど…もう一週間である。
ジュードの態度から彼が一体何を望んでいるのか、レイアだって分からないはずがない。
いや、むしろ分かっているからこそ避けているのだろう。
そろそろ我慢も限界の上に、こうもあからさまに避けられると釈然としない気持ちと同時に男としての自信も無くなってしまいそうになる。

年頃の、しかも同棲までしている恋人同士ならそういう事をするのは普通だろうし、また、したいと思うのも至って普通の気持ちだろう。
なのに、レイアはそれを嫌がっている…。

「はぁ……」

先程のそれよりも深い溜息を付き、ジュードはさっきレイアの胸に触れた手の平をじっと見つめた。
まだ手の平に残るレイアの胸の感触。
この先に進みたいと思っているのは自分だけなのだろうか、と思うと寂しさにも似たものが胸に込み上げる。
その寂しさに一週間分の欲求不満が化合した。
一度拳を握り締めると、すくっとソファーから立ち上がった。
目指すは当然キッチン。化合した気持ちはジュードの中で「今日こそは!」という決意に変わった。
遠まわしに誘って駄目なら直接誘うまでだ。
今まで女の子は雰囲気を大事にするものだと思っていたから直接的な誘いはして来なかった。
だが、レイアがあんな調子ではそんな事を気にしてられるかというものだ。
直接誘って駄目なら、それはまたそれで考えればいい。
一週間溜まりに溜まった欲求不満のモヤモヤは、基本が慎重派であるはずのジュードを行動派…いや、狼に変えていた。


ジュードの腕の中から逃れキッチンに立ったレイアは、ぼうっと火に掛けられたヤカンを眺めていた。

「(また、逃げてきちゃった…)」

キッチンに駆け込んだ時は熱かった頬の火照りはすっかり消え去っている。
この一週間ジュードが自分に何を望んでいるか、レイアだってちゃんと気づいている。
気づいてはいるけれど、どうしても勇気がなく逃げ出してしまう。

レイアだって、年頃で、ジュードに同棲しないか、と言われた時、真っ先にその事を考えた。
思わずランジェリーショップで可愛らしい下着を買ってしまったりもした。
だから、ジュードとそういう関係になるのが嫌だという訳じゃない。
なのにどうして逃げてしまうのかと聞かれれば、恥ずかしいというのも勿論だが、何よりも…。
自分に自信が持てないから、というのが大きい。

ジュードがかつて憧れを抱いた女性は整った容姿に抜群のプロポーションをしていて、その美しい肌を惜しげもなく晒したセクシーな格好をしており、何より豊満な胸を持っていた。
そんな完璧な女性に焦がれていた彼が、何の変哲もないごく普通の自分の身体を見て幻滅しやしないかと、レイアはそれを気にしていた。
そして、一旦そこに落ち込んだ思考は中々浮上できず、一週間ジュードを避け続ける結果を生んでしまった。

「私だって本当は…」

呟きながら自分の胸を撫でてみる。お世辞にも大きいとは言えない。
思わず溜息が零れた。
溜息を追うように、火に掛けたお湯が沸騰した合図。
溜息を湯気の中に紛れ込ませて、レイアは火を止めた。

「とりあえず、お茶淹れて気分変えよう」

ジュードにもお茶を持っていこう。
あんな不自然な逃げ方をしてしまったから、機嫌を損ねているかもしれないし。

ジュードは自分がイエスと言わないから我慢しているのも知っている。
強硬手段にだってきっと出ようと思えば余裕のはずなのに、そうしないのは自分を思ってくれているからだという事も。
だけど…それでも、あと一歩、勇気が出ない。

根本的解決を見出せないまま、レイアは茶葉を取るため戸棚に向かった。

戸棚を眺め、どの茶葉にしようかと迷っていると、リビングに続く扉が開く音がした。
振り返らずに声を掛けた。さっきの事はなかったように、努めて明るく。

「ねぇ、ジュード、ジュードはどのお茶、」

すべて言い終わるよりも先に身体が攫われる感覚がし、トンと強めにキッチンの壁に押し付けられた。
琥珀色の瞳がすぐ近くにあった。

「ジュード…ど、した…の?」

ほんの少し据わって見えるその瞳に、レイアは若干の怯えを感じつつ彼の名を呼んだ。
さっきの事を怒っているのだろうと思った。

返事はなく、沈黙がキッチンに流れる。

「ジュード…その…この手、はな、」
「したい」

離してという単語を言い切る前に被せられたジュードの言葉。
そして、

「レイア。僕、レイアとセックスしたい」

レイアが短い単語のその意味を理解しようと頭を働かせる前に、もう一度ジュードの唇からはっきりと告げられた。
重く、きっぱりと告げられたジュードの言葉はキッチンの壁に反響して、レイアの鼓膜を振動させ、あっという間に彼女を沸騰させてしまった。

「じゅ、じゅ、ジュード!?」

彼がそれをずっと望んでいる事は知っていたつもりだったが、いざはっきりと「セックスしたい」と言われると羞恥心が皮膚を撫で付けていく気がする。
咄嗟に逃げようともがいたレイアをジュードの腕はしっかりとホールドし、一歩も身動きさせては貰えなかった。
琥珀色の瞳は「答えを聞くまで逃がさない」と訴えている。
どうしよう、と困惑気味にその瞳を見返せば、吊り上り鋭く光っていた琥珀が、ふっと悲しげな色を纏った。
相変わらず腕の力は強いものの、縋る様な雰囲気でレイアにしな垂れかかりながらジュードがぽそりと呟く。

「僕だけが…こんな事思ってるんだよね…。レイアは…逃げたくなる位嫌なんでしょ?」

「ジュード…」

「一週間ずっと避けられて往生際悪いって理解ってるけど…どうしても我慢できなくて…僕は、レイアの全部が欲しいし、知りたい。僕じゃ…男として魅力、ない?」

僅かに震えながら伝えられた言葉、その中に込められた気持ちにレイアは目を見開いた。

そうして気付く。
ジュードだって初めてなのだという事。
この一週間どんなに勇気を振り絞って行動を起こしていたのだろう。
それを自分は何て無碍にあしらってしまっていたのだろう。
挙句に彼の気持ちを傷付けてしまった。
ジュードは自信がなくたって、レイアに触れようとしていたのに…。

気がつけば涙が零れていた。
恋人になってからずっとジュードに言われ続けていた「レイアはレイア。他の誰とも比べる必要はない」という言葉をまた忘れてしまっていた。
落ち込んだ思考が一気に浮上するのを感じた。



腕の中で泣き始めてしまったレイアにジュードは俄かに焦りを感じた。
しまった、早まったと。
キッチンに乗り込んだ時の勢いはすっかり消え失せてしまっている。
あまりにも直接的に、強引に誘ったものだから怖がらせてしまったと、おろおろしながらレイアの涙を拭った。

「ご、ごめんレイア。怖かったよね?…本当に、ごめん。もう、言わないか、」

「違うの!!違うの…怖いんじゃないの…私、ごめんね、ジュード」

ジュードの言葉を遮り、ぎゅっと握り返された腕の熱がはっきりと感じられた。

「私、ずっと自信なくて…私、スタイルも良くないし…もし、ジュードが私とえっちして…幻滅しちゃったらどうしようって思ったら…、それが怖くて…嫌われちゃったらどうしようって…」

涙声で告げられた告白が、ジュードの中でブレーキを踏んでいた狼にまたアクセルを踏ませようとしている。

レイアは自分に抱かれるのが嫌なのではない。
自分を男として見ていない訳じゃない。

それだけでアクセルを踏むには充分だった。一週間分貯まったアクセルの勢いはジュードを一気に欲望のゴールにまで運んだ。
目の前で涙を流すレイアは狼に食べられる寸前の子羊だった。

その事をレイアに悟られないように気をつけながら、再び涙を拭うと、華奢な身体を抱いたまま額に口付け、やさしく微笑んで見せた。

「馬鹿、レイア。僕がそんな事でレイアを嫌う訳ないでしょ…レイアはもっと自分に自信持たなきゃ駄目だよ。レイア知らないでしょ?自分がどれだけ僕を欲情させてるか」

「よ、欲情…!?」

わ、私そんなスタイル良くないし、色気だってないよ、と目を白黒させるレイアを悪戯っぽく覗き込む。

「試してみようか?」

「ど、どうやって…?…んんっ、」

返事を聞き終わる前に、柔らかい唇を貪った。
自然と絡まり合う舌。ゆっくりと、程よい大きさを持つ胸へと手を伸ばす。
やはり肩は震えたが、今度は抵抗されなかった。
柔とした感触を手の平で味わいながら、揉みしだいていけば、開いた唇の隙間から零れる甘く控えめな喘ぎ声。

「んんっ…ふぁっ…」

その吐息が、ジュードの理性を少しずつ溶かし、欲情へと変えていく。
今までになく、激しいキスと愛撫に足の力を失いつつあるレイアの身を支えながら、両足の間に自分の足を滑り込ませた。

「んっ、…ジュ、…」

途端、レイアはびくりと身体を硬直させ、ジュードに何かを告げようとしたが恥ずかしげに睫を伏せ、頬を染めた。
ジュードはレイアの様子を見やり、やや意地悪く彼女を覗き見る。

「どうしたの?レイア」

「あの…、その…足…当たって…」

「気づいた?これ…レイアのえっちな声のせいだよ」

本当に恥ずかしそうに俯いたレイアに満足感を覚えつつ、彼女の手をその場所へと導いた。
既にしっかりと熱と欲望を孕むその場所に。
布越しとはいえ、初めて触れるそれの感触に息を呑み、益々頬を染めたレイアの耳を食み囁いた。

「レイアの声や、身体や、存在が僕をこんな風にしてしまう…わかる?…他の誰でもない、レイアが僕をこんなにしてるんだ…だから、自信持って僕に食べられてよ」

「抱いて、いい?」日頃高めな声を意識して低く、低く、落としてそう言えば、レイアはこくんと小さく頷きの了承をし。
彼の中の狼はついに一週間お預けされた子羊のディナーにありつける事と相成った訳で。


「ベッド、いこうか」

そう甘く囁いて、彼女を抱きかかえ、ベッドというテーブルに向かった。
これから先に待っているのは、きっと今まで味わったこともない快感のフルコースだろう。

途中レイアは小さく「やっぱり、恥ずかしい」と身悶えたが、ジュードはその言葉すらも今宵のディナーのスパイスにするべく、キスで彼女の中に押し戻していった。

「大丈夫、その恥ずかしさごと全部食べてあげる」


これより先は狼のレストラン。
ご予約のお客様、いらっしゃいませ。
キスから始まるディナーをどうぞ。



ジュレイでキス以上の事にそろそろ進みたいジュードと、進みたいけど恥ずかしがりで中々進めないレイアの話/匿名様

この度はリクエストありがとうございました。甘いお話を、とあったはずなのにあまり甘くなくて済みません(汗)。
お気に召さなかったら申し訳ないです。
5万HITのお祝いありがとうございます♪
ジュレイRANKから通って頂いているとの事、ありがとうございます。
拙い作品ばかりですが、これからも少しでも楽しんで頂けるよう、更新頑張ります。

拙い文章ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。

2012.01.29


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