▼恋愛同盟継続中・後 勢いのまま、ジュードを引っ張り近くの大木の傍まで来たエリーゼは、彼の手を離すとくるりと振り返って、それはそれは真剣な顔を作ってみせた。 胸に手を当てて深呼吸をすると、宣言を発するかの如くに言った。 「ジュードに大事なお話があります」 「何、エリーゼ?」 エリーゼの背が高くなった事で、昔の様に背を折りはしないものの、相変わらず自分に向けられるジュードの声は優しく、穏やかなもので。 困惑気味だった琥珀の瞳は落ち着きを取り戻し、今は優しげな、妹を見守る兄のような瞳に変わっている。 エリーゼはこの瞳が大好きだ。 けれど、もっと見たい瞳の色があるのだ。 何時しかはっきりと自分の中に存在した気持ち。その気持ちに応えてくれる瞳が欲しい。 だから。 「私、ジュードが、好きですっ!!」 「へっ…。あぁ…僕も、エリーゼの事好きだよ」 渾身の力を込めて放った言葉は、ジュードの瞳には上手く染みてくれなかった。 彼の瞳は相変わらず、妹を見守るそれだった。 失望感が胸に広がる。口下手である事が悔しかった。それじゃいけないのに…。 「違います!!その好きじゃありません」 もどかしい。上手く想いが伝わらない事がもどかしい。 一瞬頭を過ぎったのは、かつて相棒として共にあったぬいぐるみの事。 きっと今ここにティポが居たなら、『エリーゼはジュードのお嫁さんになりたいんだよ』と彼女の気持ちを代弁してくれただろう。 そうだったなら、どんなに楽で、こんなもどかしさを味合わずに済むか。 だけど…。 それじゃ駄目だ。自分はもう誰かの後ろに隠れたり、甘えたりしていたくない。 だって、エリーゼはこれから『隣に立つ人』になりたいのだから。 そのためには、どんなにもどかしくとも、拙くとも、今この胸にある想いと決意をジュードに自分の言葉で伝えなくては。 「その好きじゃない、って…」 「私の、ジュードへの好きは、『ライク』じゃなくて『ラブ』です!!」 ぐっと服の胸元を握り締め、声を張り上げた。 心臓がドキドキと早鐘のようで。沸騰した感情と血が全身に流れていく。 急かす心と、臆病な心とが混ざり合って、混乱してしまいそうになった。 ここから逃げてしまいたい。誰か代わりに…。 そう思い掛けた時、視線の先の隅に映ったのは、レイアに膝枕をされたアルヴィンの姿、レイアの口付けが落とされる瞬間だった。 (あ…。…そうです。あの弱虫アルヴィンだって頑張ってます。私にだって、出来ますっ!!) 一度目を瞑り、胸に当てた手の平で心臓を宥めた。 足だって震えている。それでもエリーゼはそこから逃げ出す事も、誰かの後ろに隠れる事もせず、閉じていた瞳を開け、ジュードの目を真っ直ぐに見つめた。 目を開ける瞬間に聞こえたのは、 『エリーゼなら出来るよ』 ティポ、もう一人の自分の声だった。 (そう…もう一人の私はお喋りで、陽気で、ちょっと強引なんですっ!!) 途端、溢れ出す言葉。エリーゼの背を押すように溢れたその言葉達は、元が口下手なエリーゼのそれとは思えない程の量。 エリーゼの心から生まれた感情そのもので、どんな立派な台詞よりも意味を持ち、相手に届くものだった。 ティポが力を貸してくれたのだと思った。 「憧れや勘違いなんかじゃありませんよ。ずっと、ずっと、この2年間ジュードを見てきました。だから知ってます。ジュードが思う様に研究が進まないで焦っている事も、誰にも頼ろうとしないで、無理してる事も。一人で抱え込んでいる事も」 ジュードがミラとの約束、同じ未来を信じて研究に没頭しているのをエリーゼはずっと見てきた。 そして、ジュードの中にまだ、ミラへの憧れが残っているだろう事にも気付いている。 レイアにしたってそうだ。 レイアはジュードの幼馴染で、多分最もジュードに近い存在で。 仕事や研究の事は分からなくとも精神的な部分での彼の支えだ。 エリーゼはどうか? 今はきっと、ジュードにとって自分は妹みたいな存在だ。 でも、そこで留まっていたくない。 ジュードにとってミラは『憧れと初恋』でレイアは『安らぎと幼馴染』。 だったら自分はジュードにとっての『支えと同志』になりたい。 今はジュードの中に別の誰か、が居たって構わない。エリーゼがジュードを、好きなのだから。 そうして何時か、彼の隣に立ってジュードの掛け替えのない存在になってみせる。 そのために勉強だってしている。 これが恋心でなくて、一体何だというのだ。 (私は、ジュードが、好き、です。誰にも負けたくありません) 「私はジュードの役に立てる人間になりたいんです。ジュードの後ろじゃなくて、隣に立てる人間になりたい。だから、私は…、私もジュードと同じ研究者を目指します!!だから、だから…私が、ジュードの隣に立てる人間になった時には、私を…、『妹みたいな女の子』じゃなくて、『エリーゼ』として見て下さい」 顔を真っ赤に染めながら、そのための宣言をした。 「そこから先は…私が、目の覚める様ないい女になって、自分でジュードを振り向かせて見せます。誰にも負けませんっ!!」 勢いのまま一気に最後の宣言をしてから、今自分は何か恐ろしく大胆な発言をしなかっただろうかと、治まりつつある興奮の中で考えた。 『いい女になって自分でジュードを振り向かせて見せる』 反芻した言葉の意味、大胆さにエリーゼは言った後で気付き、真っ赤な顔が更に赤く染まる気がした。 頭の中が爆発しそう。 「あ、えっと、その、あの、今のは、、」 さっきまでの流暢さが嘘みたいにたどたどしく言葉を発する。 『今のは違うんです』と否定しようとするより、ほんの少し早く聞こえたジュードの声。 「うん…待ってる、エリーゼ」 「あっ……」 穏やかな声音は変わらないけれど、そこに含まれた響きと、向けられた瞳は『妹』に対してではなくはっきりと一人の『女性』に対してのものだった。 想いが決意が瞳に響いたのだと思った。 差し出された手を取った。まずは隣に立つ事から始めよう。 「はいっ!!」 一歩階段を登った。確かにそう感じた。 ジュードとエリーゼが手を繋いだまま、レイア達の下に戻ると、レイアはにこりと二人を迎え、唇に人差し指を当てた。 彼女の膝の上には安心しきった表情で寝息を立てる長身。 「アルヴィン、寝てるから」 人差し指を唇に当てたまま、小声で二人に告げた後、眠るアルヴィンの上に落とされた翡翠の瞳の穏やかさの中に、エリーゼは先程見たジュードの表情を重ねた。 (レイアも、アルヴィンを…そんな風に見てるんですね。よかったですね、アルヴィン。脈あり、ですよ) レイアに身体を預けて眠るアルヴィンに視線を移す。 元々警戒心の強い彼が、こんなに熟睡している姿を初めて見た気がする。普段ならこんなに近付けばすぐにでも目を覚ますというのに。 それは、仕事疲れもあるのかもしれないが、何よりレイアが傍にいるからだろう。 レイアに髪を梳かれるアルヴィンが小さな子供の様にエリーゼには見えた。 そのくらい無心な表情をアルヴィンは見せていて。 きっと、辛い夢を見ずに眠れているのだろうと思えた。 ◆ 「ところでお姫様、首尾はどうだったんだよ?」 日も傾き、茜色と紺色とが半々に自己主張する空の下、アルヴィンとエリーゼは並び歩いていた。 デートもお開きになり、ジュード、レイアとは別れ今はエリーゼをシャール邸に送り届ける最中だった。 「どうって…そっちこそどうだったんですか?」 殆ど寝てばっかりだった気がしますけど、とエリーゼに混ぜ返されアルヴィンは表情を引き攣らせた。 「ははは…それがな…眠気に負けてそれどころじゃなかったよ」 「何ですかそれ。情け無いですね。眠気の勢いに任せて押し倒しちゃえば良かったんですよ」 「冗談は止めてくれ。お姫様は俺に振られて欲しいのかよ?」 「個人的には振られて欲しいですけど、レイアのために上手くいって欲しいです」 ぶすっとした表情でそんな事を告げるエリーゼにアルヴィンは「何だそりゃ」と眉を八の字にしてみせた。 「だって、ズルいです。何もしてないのに、あんな表情向けられて、膝枕して貰ってその上、キスだってして貰ってました。私は一生懸命想いを告げたんですよ!?」 「お、やっぱジュード君に好きって言ったのか。偉い、偉い…って、ちょっと待て、エリーゼ姫今、『キスされた』って言わなかったか!?お、俺がレイアに?」 「子供扱いしないで下さい。それにヘタレの嘘吐きさんには教えてあげません。年上なのに女の子から行動起こさせるなんてヘタレもいいところですよ」 「はは…酷い言われよう」 「だから、ちゃんとアルヴィンからアプローチして下さい。私も頑張りますから」 最近、目を瞠る美しさを覗かせはじめたエリーゼの真剣な表情に見つめられ、アルヴィンは苦笑を引っ込めた。 色素の薄い瞳の奥に強い決意が見て取れた。 「わかったよ」 「約束です」 誓いの指きりです、と差し出された小指に自分のそれを絡めた。 「どっちが先に恋愛成就するか勝負、です。ですから、まだまだお友達でいてあげますね」 「望む所だ。ああ、よろしくな、お姫様」 悪戯っぽく笑ったエリーゼの顔に落ち掛けの夕日が反射して、輝いて見え、アルヴィンは瞳を細めた。 これから確実に美しさを増していくであろう、この少女に負けてはいられないと思ったのだ。 美しくも凸凹な恋愛同盟はもう暫く続きそうだった。 アル→レイ。アルヴィンがエリーゼと結託してレイアに告白しようと奮闘。告白できずに終わるものの、ちょっとおいしい目にあったりしたり/匿名様 この度はリクエストありがとうございました。 ジュエリ要素はお任せしますとの事だったので盛り込ませて頂いたのですが、思う以上にジュエリ要素が強めに出てしまいました(その上アルレイ要素が少なめ、汗)。 思っていらっしゃる内容と違っていましたら是非仰って下さいね。 急いで書き直させて頂きます。 そして、何時も応援して下さって感謝です。これからも楽しんで頂ける様頑張りますね。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。 2012.03.25 |TOP| |