Rapunzel Code 6−1


レティシャ

その名をレイアの口から告げられた。そして彼女が紡ぐ言葉はまるで俺の心を総て溶かしてしまった様で…。


「ここに来てから、バランさんに色々聞いたんだ。アルヴィンの、アルフレドの事、お母さんの事、子供の頃の事。それから…レティシャさんはエレンピオスにとても帰りたがっていたこと」

震えているであろう俺の背をそっと撫でるレイア。
もうこれ以上、心が溶け出す事を言わないで欲しい。もう、耐えられなくなりそうだ。

「私が、アルヴィンとあんな事になって、アルヴィンの子を妊娠して…、どうしてもエレンピオスに行かなきゃって思って、ここにたどり着いて、そして産まれたのは女の子だった。…非現実的だけど、それでも、運命だって思ったの」

ぎゅっとレイアにしがみ付く腕の力を強めた。零れ落ちそうになる。

「全部、運命だと思ったんだよ。きっと私とアルヴィンの繋がりは運命だったんだって」

運命の赤い糸かもしれないね、なんて、乙女チック過ぎるねって微笑うレイアの前で完全に俺の虚勢は溶け出していた。

「アルヴィンの気持ち、お母さんへの想い、少しは軽くしてあげられたかな…?」

零れ落ちた。心の許容範囲を超えて、こんなに泣けるのかと思う程に。
自分よりも幾分も小さく、幼く、なのにとても強く、大人な彼女に縋り、小さな子供の頃に戻った様に。
こんなに声を上げて泣いたのは20年ぶりかもしれない、と思う。
リーゼ・マクシアに流れ着き、母さんの願いを叶えるためにアルクノアに入り汚れ仕事に手を染め、そして泣くのを止めた。
泣いていては生きていけなかったから、嘘と虚勢で塗り固めた仮面をつけて涙を隠してた。
そうしていくうちにそれは取れなくなって、俺は何時の間にか泣き方すら忘れてたってのに…。
レイアはいともあっさりとそれを取り払ってしまった。

本当にレイアはすぐに人を泣かせてしまうのだと思う。

自分を散々な目に合わせたこんな俺ですら、受け入れてくれるのだから。



室内を満たす涙の空気に中てられたのか、レティシャも泣き出してしまった。
親子二人して泣く姿を見てレイアはくすりと微笑った。

「二人とも、泣き虫だね」

アルヴィンも抱いてあげて、そう促され恐る恐る小さな命に手を伸ばす。
初めて腕に抱いた温もりは、俺の子供であって、母さんの命…そんな気がした。

俺と子供を包み込む様に抱いてレイアは歌いだす。

遠い昔に何度も聴いた子守唄。

それは母さんが子供の頃によく歌ってくれた歌。



とりあえずはレイアをリーゼ・マクシアに連れ戻し、仲間と両親に会わせる事にした。
ずっと心配しているだろうし、俺も…責任取らなきゃな…。

住んでいた部屋を引き払い、セカンドキーをバランへと返した。
レイアがバランに礼を言う。

この一年の間に二人の関係がどうなっていったのか、俺の過去の黒歴史を一体どれ位聞いたのか、知りたかったが黙っておいた。
どうせ聞けばもっとバランがからかうに決まってる。

「バランさん、お世話になりました」

「いいよ、いいよ。君と居れて楽しかったし、色々と手伝って貰えたしね。またアルフレドと一緒においで」

「はいっ!」

笑顔で話す二人。あー、俺が入れそうにない雰囲気。
ちょっとムカつく。

軽い嫉妬心も含めてレイアの身体をこちらに引っ張った。

「バラン、レイアに今まで掛かった金、俺に請求しといてくれ」

「俺は別に当初の予定通り、レイアちゃんが俺の手伝いしてくれるのでもいいよ」

「冗談。それだけは御免だ」

本気で拗ねた俺を見て、レイアとバランの二人は吹き出しやがった。
ちくしょう。


エレンピオスを発つ時レイアは俺の手を握って言った。

「今度ここに来る時は三人で来ようね。一緒に」



俺達はまずイル・ファンに向かった。
俺にレイア捜索の依頼をしたのはジュードだったし
何よりレイアにとっては幼馴染で…

一番好きな人だから…。

好きな男の前に、別の男の子供を産んだ状態で会いに行く。
それはどんなに酷な事なんだろう…想像すると申し訳なさで苦くなった。


「レイア!!」

レイアの顔を見るなり、彼女が折れるんじゃないだろうかという勢いで抱き付いてきたジュード。
それに驚いて目を丸くするレイア。
俺も驚いた。
ジュードがこんなに積極的にレイアに抱きついた所を初めて見た気がする。

「…ジュード。迷惑掛けてごめんね」

「ううん。レイアが無事ならそれでいいんだ。…その子…レイアの子?」

腕の中に抱かれていた子供を見咎め、レイアに問う。

「…うん」

「父親…アルヴィン…?」

ちらりと俺を見る。

「解る?」

「うん。…何処となく似てるもん」

「そっか」

「レイア…幸せ?」

「うん…幸せ」

ぎゅっとレティシャを抱き締めたレイアを見てジュードは微笑った。
少し寂しそうな笑顔で。
「それなら、いいんだ」小さくそう聞こえた。

その後、幼馴染二人で一頻り話をした後、ジュードが俺に話があると言い出した。

「すぐ終わるから、レイアは少し外で待ってて貰っていい?」

そう言われレイアは大人しく従って、研究室を出て行く。
俺に向かって「待ってるね」と微笑う顔が不安気で、少し幼く見えた。


「アルヴィン、覚悟してね」

あー、絶対殴られるな俺。そう思った
そして案の定殴られた。

ジュードに殴られたのはあの時以来二度目だな、などと考える。

「本当はもっと殴りたい所だけど、レイアは全部許してるから一発だけにしとく」

そう言うジュードの顔が寂しげで、やっぱりレイアはジュードにとっても『特別』だったんだと嫌でも認識させられる。

「レイアの事幸せにしてあげて。僕の大事な、幼馴染なんだから」

「わかってる」

レイアの中のジュードを踏み躙り
ジュードの幼馴染を奪い取った俺…。

それでも、そうしてでも俺はレイアと一緒に居たかった。
あの夜の日から願い続けた事…。



ジュードの研究室を後にして海停へと向かう途中。
俺の少し先を歩く、揺れる透明な羽に向かって声を掛けた。
ジュードの所を出てからまだ一度も口を利いてなかった。
声が乾いていたが、もう逃げる訳にはいかなかった。
俺には守るものがもう…あるのだから。

「あのさ、レイア」

「ん?」

なぁに?、と足を止めこちらを振り返るレイア。

「今更…だけど、悪ぃな。おたく本当はジュードの事が、」

風が吹いた。透明な羽が風に煽られ小さなオーロラを作った。
ジュードと言う言葉に目を一瞬見開いて、それからすたすたと俺の前まで戻ってくる。
俺が続きを言おうとする前に目一杯背伸びをすると、俺の唇に柔らかな人差し指を押し当てた。
その先を言わせないとでも言う様に。
レイアは微笑う。
初めて会った頃のままの雰囲気を持っているのに、まるで母親を見ている様な不思議な感覚がした。
俺が求め続けた微笑(かお)。

「覚えてないの?アルヴィンが私を好きだと言った時に私もアルヴィンを好きだって言ったはずだよ」

「え?…俺が…レイアに…」

俺がレイアに好きだと告げて、レイアはそれに答えた…?

何時?何時の事だ…。

記憶の中、手探りで辿る。

『好きだ。レイア』
『私も…好き』

月の明かりの中で上気した肢体。
俺を見下ろす優しい目。
柔らかなキス。
甘い行為…。あの時の夢。

「あれ…夢、じゃなかったのか…」

急に全身が熱を持ったみたいだった。
あれが夢じゃなかった…。

レティシャはきっとあの時に出来たんだよ、と目を伏せ少し恥ずかしげに囁くレイアに世界の色は全て奪われてしまった。
もうここがイル・ファンのど真ん中である事などお構いなしにレイアを抱き寄せキスを落とした。

通行人が見ているが、構うものかと思った。

今この瞬間 世界には俺達しか色がないのだから。


 モドル 

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