幸せ連鎖反応

きっと、世界がもっと愛しくなると同設定です。



未来の話をしよう。きっと幸せがそこにある。


「ここ、ですね」

「うん」

「結構立派な建物ですね」

ガイドブックと建物を交互に見、ちょっと意外です、というエリーゼに頷きジュードはその建物の扉に手を掛けた。
重ための扉が開く鈍い音がする。
柔らかな光が店内から扉の隙間に零れる。

「いらっしゃいませ。ご予約、」

店主の声が途中で止まり、引き換えに瞳が大きく見開かれた。
さっきまでの柔和な笑みの代わりに、酷く驚いた顔。

「ジュードとエリーゼ…なんで、」

「お久しぶりです、アルヴィン」

「元気にしてた?レイアは?」

此処はエレンピオス。トリグラフにある『ロランド弐号店』。
アルヴィンとレイアの営む宿屋。



「来るなら、来るって事前に言えよな…」

テーブルを挟んでぶすっとした顔でアルヴィンは呟く。

「エリーゼが、秘密で行って驚かせたいっていうから」

「お陰で面白いものが見れました。ジュード見ましたか?さっきのアルヴィンのあの顔」

「見た見た。アルヴィンがあんな顔するなんてね」

「ぷっ、ふふふっ、あははは」
「エリーゼ、笑っちゃ失礼だって…くっ…あはははは」

「お前らなぁ!!こっちは客商売してんだ、仏頂面してる訳にもいかねぇだろうが!!」

二人が扉を開けた瞬間の柔らかなアルヴィンの笑顔を思い出してジュードとエリーゼは一頻り笑い転げた。
その度にアルヴィンが声を荒げるという事を数度繰り返している。
アルヴィンは益々ぶすっとしながら吐き捨てた。

「はいはい、どーせ俺には似合わない事してますよ」

「ごめん、びっくりしただけだって」

「そうですよ。そのエプロン姿も似合ってますよ?意外に」

「意外には余計だよ、お姫様」

正直言うと、笑ってしまいはしたが、エプロンを身に着けてカウンターに立っていたアルヴィンは思っていた以上に様になっていてびっくりしたのだ。
昔の彼からは想像も出来ない様な優しい表情と声音に。
それはアルヴィンが口にしなくても、今が幸せで充実してるのだと証明しているみたいだった。
その証拠にこのロランド弐号店はそこそこ有名になっている。
現にジュードとエリーゼの二人は有名なガイドブックに載っている地図を頼りに此処まで来たのだから。

「で、今日はまた何で此処に来たんだ?」

普通に観光か?と聞かれジュードは首を横に振った。

「研究発表がこっちであるからそのついで」

エリーゼが二人に会いたいっていったから、と。
どうしてもエレンピオスに住んでいるアルヴィンとレイアは、リーゼ・マクシアにいるジュード達と昔のように気軽に会う事が出来ない。
こういう機会は滅多にないチャンスだった。

「成る程な。おたくらもこっちじゃ結構有名になってるぜ。若くして名声を誇る研究者先生とその助手の美少女ってな」

エレンピオスの新聞などにジュードとエリーゼの事が載ると嬉しそうにそれを切り抜き保存しているレイアの姿をアルヴィンは思い出す。
そして時々不思議な運命だと思ったりする。

ジュードが好きだったレイアは今アルヴィンと夫婦で、こうやって宿屋を二人で経営していてもうすぐアルヴィンの子を産む。

彼女の幼馴染で一番近くに居、精霊の主に憧れを抱いたジュードはエリーゼと二人三脚で研究者として成功の道を進んでいる。

かつて人に想いを伝えることさえままならなかったエリーゼはジュードの助手として大勢の人を相手に意見を戦わせ、研究成果を発表している。

そして家族のぬくもりなどもう二度と手に入れられないと思っていた自分はレイアの夫で、もうじき父親になるし、穏やかに宿屋の店主なんてやっている。

アルヴィンとレイアが結婚し、ジュードとエリーゼが恋人になるなんてあの頃の自分たちの誰一人きっと想像出来なかっただろう。

(本当に、運命って分かんねーよな)

向かいのテーブルに並んで、(アルヴィンから見て)イチャイチャとしているジュードとエリーゼを見てそんな事を考えていると、ふいにエリーゼに名を呼ばれた。

「ところでアルヴィン、レイアはどうしてるんですか?」

さっきから姿を見ていません、と小首を傾げる。

「あぁ、レイアは…」

「赤ちゃん出来たんでしょ?今どのくらいですか?もうお腹大きいですか?」

アルヴィンの言葉を遮る様に矢継ぎ早に質問を浴びせられ苦笑する。
このお姫様が昔、人と喋るのにも真っ赤になっていたなんて、きっと今だけを知る人間は信じられないだろう。

「今5ヶ月目だからもうはっきり分かるよ。で、今日は定期検診にいってんの」

「そうだったんですか。戻ってきたらお腹触らせて欲しいです」

「5ヶ月目ならそろそろ安定する頃だよね。レイア無理してない?」

「ちゃんと目光らせてるよ、ほっとくと普通に無理するから…」

2ヶ月目の頃、何度階段から転ぶんじゃないかと心配した事かと、溜息をつくアルヴィンにジュードも苦笑を返した。簡単に想像がつく、と。

そんな旅の仲間との話を楽しんでいるところに、カウンターのベルが鳴った。

「っと悪ぃ。ま、ゆっくりしてってくれよ。多分もうすぐレイアも帰ってくると思うからさ」

椅子から立ち上がり、カウンターに向かったアルヴィンを二人は目で追う。
常連客と思われるお客と親しげに話す姿は本当に以前の彼とは別人のようだと思った。

「それじゃ、また利用させてもらうよ。奥さんにもよろしく」

「はい、また何時でもお待ちしてます。レイアにも伝えておきます」

お気をつけて、と客を見送るアルヴィンは何処となくレイアに似ているとジュードは感じた。


それから何組かの客の出入りがあり、アルヴィンはその対応に追われていた。
ジュードとエリーゼは特に不満を言うでもなく彼の仕事ぶりを眺めていた。
愛想よく振舞うアルヴィンを見て、エリーゼがぽそりと呟いた。

「何だか…アルヴィン、レイアに似てきてませんか…?」

雰囲気とかそういうのが、と零すエリーゼにジュードも頷き返す。

「僕もそう思う。アルヴィンの雰囲気が似てきてるんだと思う」

「多分アルヴィン気づいてない、ですよね」

「絶対気づいてないと思うよ」

好きな人の癖や嗜好、雰囲気は似るというが…、まさかあのアルヴィンがレイアに似るなんて誰が考えたことがあるだろう。
無意識に似る程、好きって事なんだろう。
きっとその事をからかうと拗ねてしまうんだろうが。レイアに似た拗ね方で。
その姿を想像して二人が顔を見合わせ笑みを零すのと同時に、元気よく宿の扉が開いた。

「ただいまー」

明るい声音に視線が集まる。
少し急いていると感じさせる出迎えの足音。
玄関に立つレイアの元に駆け付けるアルヴィン。

「おかえり、レイア。どうだったんだ?」

「ただいま。大丈夫、順調そのものですよ?そうそう、男の子だって」

「そっか。男だったか」

「女の子がよかった?」

「いや、俺とレイアの初めての子だからどっちでも嬉しいし、楽しみだよ」

「うん、そうだね。あのね、そろそろ動くの分かるって言ってたし、こっちの声も聞こえてるんだって」

話し掛けてみたら、と微笑するレイアを背中から包み込んでお腹の膨らみに手を触れてみる。

「わかるかな?今触ってるのはパパですよー」

レイアの明るい優しさを含んだ声に、自分の優しさと愛しさも膨らんで何時ものように、彼女の頬に唇を寄せてから、はたと気づいた。
こちらをじっと凝視する視線が2つ。
しまった、と視線をそちら向けると、明らかに『ご馳走様』と言わんばかりのニヤニヤ顔が2つこちらを見ていた。

「やっちまった…」

アルヴィンの声に釣られてレイアも視線を横に向ける。

「あ、ジュードにエリーゼ!!」

彼の妻はさっきのあれを気にするでもなく、嬉しそうに二人に向かって微笑んだ。


レイアが戻ってから暫く、4人は談笑や近況報告を交わしたりして過ごした。
当然アルヴィンはレイアを出迎えた時の行動を散々からかわれ、ジュードとエリーゼが想像した通りのレイアに似た拗ね方をしてみせた。
けれど、二人に会って本当に嬉しそうにしているレイアを見ているとアルヴィンは二人が来てくれて良かったとも思えた。
やはり故郷を遠く離れたこの地で暮らすのは不安も多いだろうから。





ジュード達が帰った後、改めて二人の時間を過ごしながらアルヴィンはレイアに聞いた。

「なぁ、レイア。やっぱジュード達と離れて寂しいよな?」

両親も近くに居ないし、と、彼女を抱く腕の力を強めれば、その中でくすくすと笑うレイア。

「確かに中々会う事は出来ないけど、今日こうして会えたし。それに、」

くるりと腕の中で身体を翻し、自分の唇をアルヴィンのそれに重ねてくる。

「貴方とこの子がいるから寂しくないですよ?だからこれからも二人、ううん、三人で頑張ろうね」

「了解。ホント、出来た嫁だよおたくは。これからも三人分頑張らせてもらいますよ」

「今の聞いた?パパはあなたの分まで頑張ってくれるって」

お腹を撫でながら話し掛けるレイアの顔は優しい。

「あ、動いた。ほら、アルヴィンも確認してみてよ」

本当に話聞いてるのかも、と手を引っ張られ膨らみに宛がわれる。
掌越しに伝わる胎動に愛しさと幸せを感じた。





宿屋からの帰り道、エリーゼは嬉しそうにさっきまでの事を思い出して笑った。

「アルヴィンもレイアも元気そうで、何より幸せそうでよかったです」

レイアにお腹を触らせてもらったエリーゼは上機嫌だった。

「うん。僕も二人の元気な姿が見れてよかったよ」

「ジュード、やっぱり寂しいですか?レイアがアルヴィンのお嫁さんになっちゃったの」

「まぁ、幼馴染がもうすぐお母さんになるっていうのはちょっと変な感じがするけど」

でも、とエリーゼを見返し、琥珀色の瞳を細めた。

「今はエリーゼが僕の傍にいてくれるから。寂しくないよ」

昔、レイアがそうしてくれていた場所には今エリーゼが居て、公私ともにジュードの支えになってくれている。
私生活だけでなく、仕事ですら同じ位置に立ってくれる彼女がいる事がどれだけ有難いか。
その素直な気持ちを言葉にしたくなった。きっとあの夫婦に中てられたせい。

「ありがとうエリーゼ。そしてこれからもよろしくお願いします」

「っ…。きゅ、急に、ど、どうしたんですか、ジュード」

変ですよ、と昔の様に顔を赤らめしどろもどろになる彼女にくすりと笑みを零してジュードはその手を取った。
守られるだけだったこの手は今、ジュードを支えてくれる手に変わった。
そっと甲に口付けを落とせば、今度こそボフッと音がしそうな程、全身を真っ赤に染めるエリーゼ。

「あの二人に中てられちゃったみたい。二人の幸せに負けないくらい僕もエリーゼを幸せにしたいなって」

「わ、私も、ジュードを幸せにしたい、です!!一緒に幸せになりましょう!!」

何時の間にか素直に自分の気持ちを言葉に出来る様になった、桜色の唇に自分のそれを触れされた。
甘い感触。

「この研究が落ち着いたら、結婚してくれるかな?」

「勿論です。本当は…、ジュードがそう言ってくれなかったら自分で言うつもりだったんですよ?」

「えっ、本当に?良かった、自分でちゃんと言えて」

「ふふ、男の威厳、保てて良かったですね」

「はは…とりあえずアルヴィンとレイアに感謝しておこうかな」

本当に口が達者になった、頼もしさすら感じさせるようになった彼女と手を繋いで。
歩いていく先は幸せな未来。




2つの幸せが混ざって溶け合う、未来のお話。

幸せ連鎖反応。

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