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Je pence a toi


ifを語りあおうよ

(土方+大鳥/五稜郭)


 白とも灰色ともつかぬ、湿気を帯びた淡色が窓の向こう、凍える空気の逆巻く様子を視覚的に伝えてくる。暖炉からの火で温まる室内は物音の一つもしない。静かなものだ。耳をそばだててもろくに聞こえない外の吹雪は、砂嵐の如く吹きすさぶ鈍い色の粒の激しく翻弄される様子を見ていれば、まぁそれなりに煩いのだろうと予想できる。――実際は風音よりも、斬れる様な空気の冷たさが勝ってしまうから、煩いなどと思わないのだが。
 最果ての地にて。赤々と燃える薪から、ふわりと舞い上がった熱気が天井に溶ける。お世辞にも快適な暖かさとは言いがたいが、外に比べれば暑すぎるほどで、兎に角この地の環境は自分達にとって厳しいものだ。どんより垂れ込める雪雲は晴れる事無く、まるで己の置かれた状況を具現化しているようにも思えた。手にした火掻き棒で、自ら火を入れた炉の薪を突く。ぱちりと固い音をたてて、明るい橙色を発した一瞬の後、再び静かな焔となった唯一の熱源は、大人しく其処に横たわっていた。
 ぱちり、ぱちり。時折新鮮な空気に触れては躍り上がる炎の淡い明かりに頬を照らさせ、その向こうに己が胸の裡に沈む想いがあるような錯覚を覚えて。どのくらいの間そうしていたかは分からない。ガタリ、と響いた硬質な物音で思考の深淵から引き上げられた。


「おい、あんた。ここで何やってんだ」
 投げ掛けられた問いは何時ものそれより、わをかけて批難がましい。もとより、この地に渡ってからと言うもの、彼が穏やかだったことはないのだが、先日送り込んだもののせいで幾分か尖りを増したような気がしないでもないのは…今対峙している相手が僕だからなのか。
 不躾な眼差しを微笑みで受け流し、火をかき混ぜながら入口に立つ彼を振り返った。
「もうお話は終わったのかい?」
屈み込んだままの僕の前までずかずかと足音荒く近付いてきた彼は、恐ろしいほど冷えた水晶の瞳に絶対零度の焔を宿していた。自分の上官をあんた呼ばわりした挙句睨みをきかせて見下ろすなど。案外彼は子供染みている…と、本人に知られれば一刀両断されそうな思いが、胸中に込み上げる。戦場でこそ冷静な判断を下す彼。しかし、自分に関する事柄に置いては無頓着というか…色々と切り捨てすぎなのではないかと改めて感じる。周りのため、組織のため…そうして、本当に必要なものまで捨ててしまったのだ。彼は。
「穏やかじゃないなぁ。そんな怖い顔をして、折角の美人が台無しだよ」
「…とぼけてんじゃねぇよ」
 ぱちり、背後で薪が火の粉を散らして燃え上がる。揺らめく炎の暖かな橙が照らす彼の表情は、不機嫌な人形のようだ。
ああ、怒っているんだろう。口にはのぼらせず、極力無反応を心がけたのだが、目元が歪んだかもしれない。案の定、彼は益々怖い顔になった。
 ――壬生狼。突如、頭の中に木霊する。彼は…彼らは当初、そう呼ばれていたと耳にしたことがあった。荒くれ者の人斬り集団。目的のためなら仲間をもその牙にかける……
今の彼を見ていると、成る程狼とはよく言ったものだと頷かされた。彼は手負いの一匹狼だ。最北の地にひとり佇む、傷付いた獣。ふつりふつりと煮えたぎる怒りを抑え込む瞳は、ただ勝手な計らいに腹を立てているのではないことが見てとれた。
 怒っている。怒っているのだ。単に彼女を呼び寄せたことに関してもそうなのだろうが、もっと――言うなれば、彼自身の認めたがらない弱さを見抜かれたこと、そして弱みを切り捨てられなかった自身に。
 狼だとか鬼だとか、なんと呼ばれようと所詮、彼はひとりの人間なのだ。それも、とびきり不器用な。

「ねぇ、」

 もしも彼がこのまま走り続けたら。休むことを許さない彼は多分に近い内壊れてしまうだろう。彼にとってはそれが、そもそもの望みだったのかも知れない。閉ざされた季節が巡り、新たな風と共に終わる。間違えても口にしてはいけないけれど、その芳しくない結末はうっすらと…それこそ雪を孕んだ雲のように蝦夷の地を覆っていることを、確かに僕らは予感している。
それでも。
 時が経ち季節が移ろいでも、明日という日は変わらず訪れるから。

「春になったら、五稜郭(ここ)の裏手で、お花見をしようよ」

 自然が僕らを護ってくれている間くらい、夢を見ても良いと思わないかい?




if

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