その6 線香花火が咲く夜に よい子のみんな、花火を人に向けてはダメですよ! ******** 「行くぞ」 砂浜に突きさしたロケット花火が、 ヒュルルルルル… 夜空に飛び立って、パアン!と弾けた。 「ははははははは!」 笑い声をあげ、岳人先輩と宍戸先輩、ジロー先輩の幼馴染三人組が花火の入ったビニール袋を探る。 「次、手に持ってしようぜ」 「よぉし、ビビって離すなよ岳人」 「誰がビビるかよ!両手に持ってやるぜ!」 「だったら俺は4本だ〜!」 ジロー先輩が両手にロケット花火を持って、火種として使っているキャンドルへ近づく。 「やめぇな。火傷するで」 忍足先輩が注意する。 「あれは止めなくていいんですか?」 線香花火に火をつけ、日吉が指差したのは… 「ぎいああああああああああ!!!」 「コラ!返しやがれ!」 両手に花火を持った跡部に追いかけられる私。 「返す!返すから!」 満天の星空の下、逃げ惑う。 あの花火で私を燃やす気だ! 「まるで八つ墓村やな」 「何をやったんですか、アイツ」 「跡部の部屋のキーを盗んだらしいで」 「どうしてそんなことを…」 「忍び込むつもりに決まってるだろうが!」 日吉に花火をむけ、跡部が怒鳴った。 はい、そうですよ。その通りです。 「うわああん!出来心なの〜!」 泣き叫びながら砂浜を走り回る。 夜も営業中の海の家、お洒落なネオンが光っている。 その明かりが少しはあるものの、夜の砂浜は暗い。 砂に足をとられ、転倒しそうになったところを、 「おっと」 冷たい手に抱きとめられ、優しい声が降ってきた。 「大丈夫〜?」 「バクさん!」 星明りの下でもきれいなお顔。 「地縛霊だ!」 昼間出会った地縛霊に、駆け寄ったのはジロー先輩。 「ねねね!一緒にしよう」 ジロー先輩は花火を差し出す。 「いいの?」 「みんなでやった方が楽しいC〜」 ゆる〜い波長があうのか、ジロー先輩はバクさんが気に入ったらしい。 手持ち花火を受け取り、バクさんは”ありがとう、うれしいな”と、微笑む。 岳人先輩が忍足先輩の背後に隠れて、 「じ、ジロー!幽霊なんか誘うなよ!」 「いいじゃん、悪い幽霊じゃないよ?」 「良い、悪いの問題じゃねぇんだよ!」 怖がっている岳人先輩には悪いけど、ジロー先輩の言う通り、バクさんは悪い人に思えない。 体温はないが、柔らかな物腰も、穏やかな声も温かい。 「私も、バクさんと花火したいな」 バクさんの冷たい腕に触れた。 だって、バクさんったら幽霊だし、カメラに映らないし、心のアルバムに焼き付けるしかないし。 「…いいの?」 「大歓迎です!」 「じゃあ、仲間に入れてもらおうかな」 足元のキャンドルがゆらめき、バクさんの照れ笑いを夜の闇に浮かび上がらせた。 仲間の輪に加わった地縛霊に、宍戸先輩がロケット花火を束で差し出す。 「よし!ロケット花火大会しようぜ!ビビったら負けな!」 「アカン」 忍足先輩がそれを取り上げる。 「お前ら人に向けるから危ない」 「そんなことしねぇよ」 「いや、する。する奴がおるねん」 そう言って忍足先輩は日吉を見た。 隙あらば先輩たちを蹴落とし、取って代わろうとしている”下克上男”。 恐ろしい後輩。 「花火大会ならこれを使お」 ************** 「辛気臭ぇ」 跡部は線香花火の火を見つめながら呟いた。 チリチリと音を立て浮かび上がる、オレンジの小さな稲妻のような火。 派手で華やかなのが好きな跡部は不満げ。 無人島でも最後の夜に三尺玉を、ド派手に打ち上げていたっけ。 「そんなこと言わんと、キレイやろ?」 「あっ!落ちる!落ちる〜!」 ジワジワ…という音とともに、岳人先輩の線香花火から赤い玉が落ちた。 「岳人脱落〜!」 ジロー先輩がケラケラ笑い、岳人先輩を指差す。 すると、先輩の手元の火もジュ…っと、砂の上へ落ちた。 「…あ」 「だっせ〜!ジロー!」 こちらも脱落。 これは、忍足先輩が考案した”線香花火大会”。 誰が一番長い間、線香花火を燃やし続けることができるか、っていう単純なルールの。 「跡部のも危ないんちゃう?」 「あ!本当だ!落ちろ〜落ちろ〜!」 私は跡部の線香花火に向かって念を送る。 跡部は小さく舌打ちをし、 「樺地」 「ウス」 樺地君が差し出した新しい花火に火を移す。 「あ〜!ズリぃぞ!跡部!」 「フン!」 「むむむう!そんなことしていいんだったら…」 ジロー先輩は、線香花火を束でつかみ火をつける。 バチバチ!弾ける火花が線香花火のそれじゃない。 「な、なんや…あの危険な花火は!」 「わははは!ストロング線香花火だよ〜!」 「わ!アホ!振り回すな!!」 煮えたぎるマグマのようなデンジャラス花火を振り回すジロー先輩。 「結局、ルールなんてみんな無視しちゃうんだもん」 「はは、そうだよね」 私のつぶやきに鳳君がうなづいた。 熱い花火バトルを楽しげにバクさんは見つめていた。 「みんなは学校のお友達なの?」 「お友達ぃ?」 何人かが、拒否反応を示した。 ”お友達”という響きが気に入らない宍戸先輩が訂正をする。 「部活仲間だ」 「部活?」」 「テニス部のな」 「へえ…」 バクさんは私をチラリと見た。 「あ、私はマネージャーなんです」 「そうなんだ〜」 「バクさんは地縛霊になってどれくらいなんですか?」 言ったあとに、我ながらバカな質問だと後悔した。 バクさんはイヤな顔をせず答えてくれる。 「一年…」 そこで数秒、バクさんは闇に咲く火花を見つめ、押し黙った。 ややあって明るい声で続ける。 「実はね俺、一年前に地縛霊に転職したんだ〜」 転職?私たちは首をかしげる。 「幽霊って職業選択できるの?」 「できちゃったんだよね〜これが」 「転職って、じゃあその前は何だったんですか?」 「ちょっとばかし悪霊に足を突っ込んでました〜」 花火の煙の中、ゆる〜い感じで笑う幽霊。 私は目を瞬かす。 「悪霊、ですか?」 「うん」 「バクさんが?」 ちょっと想像できない。 「いや〜お恥ずかしい過去だよ」 鼻の頭をかくバクさん。 いや、そんな”10代の頃ヤンチャしてました俺”的ノリで言われても。 だって、アレでしょ?悪霊って、 「人にとり憑いちゃったりとか?したの?」 「いや〜若気の至りだね」 ハハハ、と明るく笑う地縛霊。 「なんでそんな恐ろしいモンが、こんな丸なってもたん?」 「丸いっつーか、ユルすぎるだろ」 忍足先輩と宍戸先輩が次の線香花火に火をつけながら言った。 ヘラヘラ締まりのない笑顔を浮かべ、地縛霊は昔話を始める。 「いや〜、悪霊やってた頃の俺ったらさ〜もう負のエネルギー全開でさ」 「は、はあ…」 「”なんで俺が死ななきゃいけなかったんだ!”って世を恨んでばっかりで〜」 「ちょ、ちょっと待ってバクさん」 忍足先輩がバクさんを止める。 「何〜?」 「もうちょっと深刻な顔して話してくれへん?」 「どうして〜?」 「ニコニコ笑顔で言われても、ちっとも感情移入できへん」 たしかに、竹中直人の「笑いながら怒る人」みたいにチグハグだ。 「そう〜?わかった」 バクさんは足元のキャンドルを手繰り寄せ、自分の顔の下にあてた。 ぼう…と暗闇に地縛霊の顔が浮かび上がる。 「この世のすべてを憎んでさ〜人をとり殺してやろうと思って、色んな場所をさ迷って」 「ぎゃ〜!」 岳人先輩が飛び上がり、日吉にしがみついた。 「普通でいい!怖すぎる!」 「うん、じゃあやめよう」 キャンドルを元に戻してバクさんは微笑んだ。 しがみつく岳人先輩を引き離し、日吉が挙手する。 「ちょっといいか?」 愛読書が「学園七不思議」の霊感少年日吉へ、みんなの視線が集まる。 「地縛霊って、事故や自殺をした場所…死んだ場所に憑いてしまうものだろ?」 「よ!さすが霊感少年!詳しいね!」 野次った私を日吉が睨みつけた。 「お前には何らかの報復を考えておく」 や、やめろよぉ、そういうおっかないこと言うの。 日吉は私からバクさんへと視線を移す。 「アンタ、ここで死んだのか?」 「わからないんだ〜。でもたぶん、違う気がする」 「だったら、どうしてこの砂浜に憑いているんだ?」 オカルト好きらしく興味があるのか、質問を重ねる。 「以前この近くに住んでたとか、この砂浜に思い出があるとか、何か由縁が?」 「昔の事は、わからない」 バクさんの瞳にオレンジの火花が映っている。 「言っただろ〜?名前を忘れたって。名前どころか悪霊に堕ちる前の記憶もないんだ〜」 「生きてた時の記憶も?」 「死んだ時の記憶も〜」 バクさんの声は明るい。 「気が付いたら、”とり殺してやる”って怨念を抱えて漂ってたんだよね〜」 だからね、と笑う 「自分が本当に生きてたのかもわからないんだ」 ジュっと小さな音を立て、線香花火の赤い玉が砂浜に落ちた。 明るい声が悲しくって、かける言葉が見つからない。 ”そんなことないよ、きっと幸せな人生を生きてたはずだよ” と、口にしたかったが、軽い言葉だ、と呑み込む。 この海岸で、孤独な時間を過ごす彼に寄り添う言葉ではない、と思ったのだ。 自分にかけられる言葉が見つからず、歯がゆい。 他のみんなも同じ気持ちだったようで、口をつぐんでいた。 重い沈黙を破ったのは、 「成仏させてやろうぜ」 宍戸先輩だった。 跡部が眉間にシワを刻む。 「宍戸…」 「俺たちに出来ることがあるなら、力をかしてやろうぜ」 宍戸先輩は困っているクラスメイトに接するそれと同じように、 「何かできることはあるか?協力するぜ」 バクさんの肩を叩いた。 宍戸先輩は優しい。 出会ったばかりの地縛霊にも、当たり前に親切にできる先輩を尊敬している。 「な?」 と、宍戸先輩は私たちを見た。 跡部と忍足先輩、それと日吉以外の人間がうなづく。 もちろん、私も大きくうなずいた。 知り合ったのも何かの縁だ、出来ることがあるなら力を尽くしたい。 そこで、バクさんと目が合った。 「本当に?」 彼は、私から目を離さない。 「ああ、話してみろよ」 宍戸先輩に背中を押され、バクさんは再び昔話を始める。 「俺ね、一年前この砂浜に人を”とり殺し”に来たんだ」 穏やかな口調に似合わないセリフ。 「そこまで堕ちちゃってたんだぁ〜。本当、イヤになるよね」 ほんのわずか、瞳に寂し気な色がかげった。 「でね、たまたま居合わせた子に狙いを定めて、とり憑こうとしたんだけど…」 「けど?」 「とり憑けなかったんだ」 「どうして?」 「それは分からない、その子がとっても強いエネルギーを発してたからかなぁ」 私は花火に火をつけながら霊感少年、日吉に訊く。 「悪霊を跳ね返すって、どんな人間なんだろ」 「よっぽど清い心をもってるか、あるいはその反対か」 「邪気が半端ないってこと?」 「毒をもって毒を制す的なことじゃないか」 「なるほど」 おそろしい奴だ。 「そんな邪気まみれの人間がいるだなんて。顔を見てみたいものだわ」 きっと鬼のような顔した奴なんだろう。などとつぶやいていると、地縛霊が私を指さしていた。 「君の事だよ」 「え?」 「一年前、この浜辺で君にとり憑くのに失敗して…」 手元の花火の火がバチっとはねた。 「ぉわっち!」 私は思わず飛び上がった 「わわわわわ私ですか!?邪気の半端ない奴って!?」 バクさんはコクリとうなづく。 宍戸先輩がとても残念な目で私を見る。 「お前の邪気は、悪霊より上なのか…」 「この、生霊め」 「ひひひひ日吉!そういうこと言わないの!」 自分が一番驚いているのだ。 そうか。 一年前、この砂浜で美少年ウオッチング満喫中に悪霊跳ね返してたんだ…。 たしかにものすごいテンション高かったけど、あの時の私。 とりあえず、今の私に言えることは一つ。 「その節は、どうもすみませんでした。」 「なぜ、お前が謝るんだ。この地縛霊は、お前に憑りついて殺そうとしたんだぞ」 跡部は顎でバクさんをさす。 いや、だって。 せっかく、こんな男前の幽霊が私にとり憑こうとしてくれていたのに、知らぬこととはいえ、はじき返していただなんて。 「あの、今からでもよければ憑りついてみます?」 さあどうぞ、と目を閉じたら、「憑いたのを落とすのが手間だ」と跡部に止められた。 私たちのやり取りを見ていたバクさんが、ゆるゆると首を振る。 「人に憑りつくなんて、もうできないよ」 優しい幽霊は、幸せそうに笑った。 「まして、君にとり憑くなんて」 花火の煙幕を、夜風がさらった。 火薬のにおいをどこかにやって、潮の香が鼻をくすぐる。 沙穂ちゃん、とバクさんが私を呼んだ。 「俺ね、君のことを待ってたんだ」 満天の星空の下、真っすぐ私を見据える。 「一年前の、あの日から」 穏やかな瞳に、赤い火を灯して。 線香花火の火球が映っているのだ。 「この砂浜から動けない」 燃え尽きる寸前の火の玉が、チリチリッと花弁を散らす。 「好きなんだ」 ザザン、真っ暗な海へ大きな波が押し寄せた。 私は、金縛りにあったように動くことができなかった。 「す、好きって私のことを?」 バクさんはゆっくり頷く。 「君に恋をして、俺は地縛霊になったんだよ」 満ち足りた表情だった。死んでいるというのに絶望の色など、ひとつも含んでいない。 「亡霊の声に耳を傾けるな」 そう言い放ったのは、跡部だった。 「死んだ者の声に耳を貸した人間はロクな目に合わない、そう相場は決まっている」 酷く冷静に跡部は私を止める。 「きっぱりと断ることだ」 「な…」 「おい、地縛霊。それで諦めて成仏しろよ」 消えた線香花火をバケツに投げ入れ、バクさんに鋭い視線を向ける跡部。 「お前は”死んだ人間”、安積は”生きてる人間”住む世界が違う、身を引け」 「ちょっと、跡部…」 「お前も今のことは聞かなかったことにしろ、深く関わるな」 「そんなこと…」 「断られても成仏できないよ」 バクさんは静かに首を振った。 「この気持ちを失うなんて望んでない」 「え…」 「もう悪霊に戻りたくないんだ」 砂浜に落ちる火球、赤い火の玉。 「沙穂ちゃんを好きでいられたら、俺はそれでいいんだ」 「ま、待って、バクさん」 ここで私を待っていたって… 「私が、ここにもう一度やって来たのは偶然だよ?来なかったら…」 どうするつもりだったの?と問うと、バクさんは微笑む。 「それでもよかったんだ。誰彼構わず恨んでいるより、君を想って穏やかな気持ちで波を眺めていられれば、それだけで」 ”幸せなんだ”とバクさんは満ち足りた笑顔で言う。 胸が、締め付けられる。 「君と出会ったこの場所で、沙穂ちゃんを好きって気持ちに囚われていたくて、望んで地縛霊になったんだ」 私は今日までバクさんの存在さえ知らなかった。 なのに、彼はここで私を想って待っててくれた。 「でも、もしも…」 たった一人でこの海岸で。 「一瞬でも、沙穂ちゃんの心が手に入るなら、好きになってくれるなら……」 バクさんは満天の星空を見上げた。 「死んでもいい」 無数の星の一つ、赤い星があった。 先ほどバクさんの目に灯っていた、線香花火の火球のような。 「その瞬間に、この世から消えたい」 目が熱くなって滲んでしまいそうだ。 「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ」 背後で跡部がうなるように言った。 「沙穂ちゃん」 私に差し伸べられた手。 冷たい手。 「君を好きでいてもいい?」 それだけで幸せだと彼は言ったけど 「バクさん」 このまま、ここで永遠に動けずに一人ぼっちでいることが 本当の幸せだと、私には思えない。 彼の心に寄り添ってあげたい。 「私、あなたを成仏させてあげたい」 ************ その言葉に、俺たちは動揺した。 prev / next 拍手 しおりを挟む [ 目次へ戻る ] [ Topへ戻る ] |