×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
name change


その8.5 観月視点:救出に至る経緯


少し時間をさかのぼりましょうか。

*********


遭難生活2日目 PM21:15


氷帝マネージャーが行方不明になって5時間。
僕たちは捜索を開始した。
両ロッジで頭数をそろえ、一度捜索拠点を置く山側広場へ集合することになっている。
彼女が怪我をしているらしいという情報を聞きつけ、海側メンバーの捜索参加者はほぼ全員だ。
無人島で迷子になり、心細い思いをしているだろう。
早く見つけてあげなくては…。

「観月さん、俺たちも行きましょう」
「ええ」

僕と裕太君も山側広場へと向かい、歩き出す。

「跡部」

背後で跡部君を呼ぶ声がして、振り返る。
佐伯君が跡部君の元へ近づいて、何やら話しかけていた。
二人の様子が気になって僕は足を止めた。

「もしかすると…比嘉が何か手がかりを知っているかもしれない」

切り出した佐伯君の言葉に、跡部君は怪訝な顔をした。

「比嘉が?どういうことだ?」
「昼間、彼女が比嘉のロッジから出てくるとこを見たんだ」

跡部くんは眉をひそめる。
比嘉のロッジに…まさか、説得をしに行ったのだろうか?

「上手くいかなかったみたいだけどね」
「…あいつ」

余計な事しやがって、と言いかけた跡部君を佐伯君は”待って、続きを聞いて”と手で制した。

「比嘉の言うこともわかる、すぐには信用してもらえないって言ってた」
「………」
「諦めないって」

佐伯君はまっすぐ跡部君の目を見ていた。

「彼女、山側を出た後…もう一度比嘉を説得に行ったのかもしれない。」

なるほど。

「その行き帰りでアクシデントにあったのかも。」

何にせよ、比嘉にも話を聞いた方がいい。
佐伯君の言うように彼女の行方やその後の足取りが掴めるかもしれない。
何も分からないまま闇雲に探すより、少しでも情報を集めた方がいい。
しばらく考え込んでいた跡部君は顔を上げ、佐伯君の名を呼んだ。

「なに?」
「山側の捜索…頼む」

そう言って背を向けた跡部君の足は、比嘉のロッジがある森に向かっていた。

「ああ、わかった」

佐伯君はうなずき、山側広場、捜索拠点へと向かう。
僕は、懐中電灯一つで暗い森の中へ入って行く氷帝の王様の背を見つめる。

「裕太君」
「はい?」
「僕はちょっと用事があるので先に行っててください」
「え?ちょっと…観月さん!?」

裕太君の慌てる声をその場に置き去りにし、跡部君の後を追った。


**********



静かな森に二つの足音。

「何のつもりだ」

跡部君は振り向きもせず、背後の僕に向けて言った。
懐中電灯の光を吸い込んでしまいそうな暗い森の中、比嘉のロッジはこの細い一本道を進んだ先にある。
僕は前を行く背中を照らす。

「興味があるんです」

跡部くんはやはり振り返らず、”興味?”と鼻で笑った。
僕は再び背中に向かって言う。

「跡部君に、安積さんに、比嘉中に。」
「正直な奴だな」
「そして、欲張りなんです」

僕の言葉に、跡部君は一つ、うなずいた。

「どちらも嫌いじゃねえ」

森の向こうに灯りを見つけ、跡部くんは足を速めた。
一度も振り返りはしない。
ロッジの明かりを目指し真っすぐ進むその歩は、急いでいるのに軽やかで優雅だ。
目的に向かい行動を起こす彼に、スピード感に、とても興味をそそられる。
うちの赤澤とは違うタイプの部長だ。
赤澤は部の運営を僕に任せ、自分は後ろでどっしり構え部員たちを見守り精神的支柱になっている。
ルドルフは実務の僕、胆力の赤澤、と役割が分担されている。
だが、氷帝はその両方を跡部君が引き受けている。
1年生の時からずっと、彼だけがナンバー1。
性格は超が付くほどの自信家で、多少強引なところもあると聞く。
だが、高いカリスマ性と統率力で大所帯を束ね、昨年全国大会ベスト16へと導いた男、その手腕を側で観察してみたいと思ったのだ。

「好きにしな」

背後の僕に、彼はそう言った。
ザザっと草を踏み分け、森を抜けると比嘉のロッジが姿を現した。
カーテンは全て閉まっていたが、隙間から灯りがもれている。
ロッジの階段を上がりドアをノックする。

「跡部だ」

返事はない。
間髪容れずにノックを繰り返す。
さっきより強く。

「開けてくれ、頼む」

言葉とは裏腹に、とてもお願いしている声のトーンではない。
”開けるまで叩き続けるぞ”明らかにプレッシャーをかけている。

ガチャ…

扉が薄く開き、木手君が顔をのぞかせる。
開かれた隙間に素早く体を割りいれ、ロッジの中へ強引に踏み込む跡部君。
いきなり侵入してきた跡部君に、木手君は警戒心を露わにする。

「何ですか」
「うちのマネージャーがいなくなった。何か知らねぇか」
「突然押し掛けて、失礼なヤツだな。」

木手君の背後で平子場君が顔を出した。

「それが人にものを訊く態度かよ。」

跡部君は静かな口調でもう一度言う。

「何か知っていたら教えてほしい」
「何の作戦ですか?」

木手君は眉をひそめる。

「いなくなったって君ならすぐに見つけられるでしょう」

僕は跡部君へと視線を向ける。
跡部君の瞳は真っすぐ木手君を見つめたままだ。

「どういう意味だ」
「さて、どういう意味でしょう」
「お前が俺たちを無人島におびき寄せて潰そうって魂胆はわかってるんだぜ」

甲斐君が跡部君を睨みつける。
おびき寄せて…潰す?

「意味がわからねぇな」

跡部君はフンと笑った。

「しらを切るならそれでいいですよ、とにかく我々は君を信用していません」
「そうさ、マネージャーがいなくなったって騒いで俺たちを外に誘い出してどうするつもりだ?」

”背後から襲うつもりだろ”甲斐君は吐き捨てるように言った。

「手塚みたいに潰されてたまるかよ」
「手塚?」
「わざと長期戦に持ち込んでジワジワいたぶり潰したって有名だぜ、お前」

挑発する甲斐君の笑み。
跡部君は顔色一つ変えない。

「そうか、お前ら…あの試合を実際に見てねぇんだな。」

僕は見ましたよ。
いい試合だった。
たしかに、序盤の跡部君の狙いは手塚君の痛めた肩だった。
それをかばい、手塚君が焦って隙を見せるのを狙っていた。
さらに持久戦に持ち込み、手塚君が試合を棄権するのも狙っていた。
美しくない戦い方だ、汚いやり方だ、そう評す人もいるだろう。
が、勝負なのだ。弱点のある者に分が悪くなるのは当然だ。
そして、相手の弱い部分を突き、勝機を引き寄せるのも当然。
力の拮抗した者同士の戦いなら尚更だ、弱みの有る無しが勝敗を分ける。
お互い正々堂々と正面から勝負など綺麗事を言ってみすみす勝ちを逃す…なんて愚の骨頂。

(勝たなければ意味がない…)

跡部君は冷静に判断し、勝つことに焦点を絞った。
それだけだ。
僕だって同じことをするだろう。
ただ…跡部君の誤算は手塚君が自分の選手生命より、チームの勝利を選んだことにあった。
中学を出たらプロに転向するのでは、と囁かれるほどの実力者の彼だ。
部活動の試合で肩を故障するなんてことは避け、自分の輝かしいテニス人生を優先させてこの試合は棄権するだろう…と、跡部君は読んでいた。

だが、それは間違いだった。
長時間に及ぶ接戦に肩が悲鳴をあげても、仲間が止めても、彼は試合を投げなかった。
己の保身よりも、青学の部長という役をまっとうする事を選択した。
終盤、タイブレーク後はさらに凄まじかった。
両者とも体力の限界を迎えた極限状態でよくあんな高度な試合をし続けたものだ。

一球、一球に最高の力を込めて。

誰でも出来る試合ではなかった。
そして…誰とでも出来る試合ではなかった。
跡部君と手塚君だから出来た一戦だった、そう思う。
あの場に居た人間なら皆、同じことを思ったはずだ。
二ヤリと笑って跡部君は言う。

「最高の試合だったんだぜ。見てないとは惜しい事をしたな」

その言葉に比嘉が顔を引きつらせ、

「帰ってください」

木手君は冷たく言い放つ。

「氷帝のマネージャーがいなくなろうが僕達には関係ありません」

これは…引き返したほうがいい、三人を見て僕は思った。
理由は分からないが、跡部君に対する比嘉の不信感は考えていたより強い。
これ以上ここにいたって不毛なやり取りをするだけで溝を深めるだけだ。
さっさと退散し、手塚君たちと合流して捜索に参加したほうがいい。

「跡部君、帰りましょう」

無駄足だったか…小さくため息をつき、跡部君へ呼びかける。
が、彼は動こうとしなかった。
無表情で比嘉を見つめている。

(何を考えている…?)

いつも自信たっぷり余裕の笑みを浮かべている彼の無表情さに、何か危うい空気を感じる。
最悪の展開が頭をよぎる。

(ここで喧嘩はまずい。)

安積さんが行方不明になってからずっと冷静に見えていたが、本当は内心焦っていたのかも。
そこに比嘉の挑発するような言葉だ、腹の中で怒りを爆発させているのだろうか。
掴み合いが始まる前に、早くここから連れ出さないと…

「跡部君…」

彼の袖を引こうとした、その時だった。
僕の手をすり抜けて、跡部君は一歩前へ出た。

(え…?)

飛び込んできた光景に、僕は我が目を疑う。
あの跡部君が頭を下げている…。

「何か知っているなら教えてくれ」

比嘉に向かって、プライドの塊のようなあの跡部君が…深々と頭を下げているのだ。

「怪我をしているらしいんだ。一刻も早く見つけたい。頼む」
「ケガ…」

木手君がピクリ、と反応した。

「左肩…ですか?」

顔を上げた跡部君は”何か知っているのか?”と木手君に尋ねる。

「…私です。彼女を蹴って怪我をさせたのは」
「蹴った…?お前が?安積を?」
「はい。」

ビリッと空気が震えた。

(まずい…)

僕はとっさに跡部君の腕を押さえる。
が、拳を強く握るだけで彼はその場から動かなかった。

「言い訳はしません」
「永四郎…!やめろよ」
「すみません」

今度は木手君が跡部君に頭を下げている。
強く握られた跡部君の拳に血管が浮き出ている。

「跡部君…」

今度はハッキリとわかる、奥歯を噛み締めて彼は怒りをこらえている。
わずかに目の周りが上気していたが、瞳の光は冷静さを失っていない。
今は安積さんの捜索が最優先、それを分かっているのだ。
ゆっくりと絞り出すように彼は言った。

「安積の行方に、心当たりはないか」

顔を上げ、木手君は左右に首を振った。

「昼間にここに来ましたが…何も。」
「16時以降にもう一度ここに来ていないか?」
「いいえ。」
「そうか…」

収穫ゼロ。仕方がない。
ならば、ここは切り上げて捜索へ向かった方がいい。

「邪魔したな」
「待ってください」

ドアに手をかけた跡部君を木手君が呼び止める。

「私も捜索に参加します。」

責任を感じているのか…。
比嘉の”殺し屋”もさすがにジッとしていられないのだろう。
女の子に怪我をさせたうえ、行方不明になられたら無理もない。
玄関の扉を開け、跡部君は背中を向けて静かに首を振った。

「遠慮してくれ」
「しかし…」
「頼む。」

一度も振り返ることなく、跡部君は比嘉のロッジを後にする。
思いつめた表情の木手君が気の毒で、僕は振り返って言った。

「見つかり次第、連絡をよこします。」

安積さんが見つからなかったら、
見つかったとしても左肩の怪我を見てしまったら、
自分は冷静でいられない、跡部君はそう判断したんだろう。
その時、側に木手君がいようものなら何をしてしまうかわからない…と。

(もしも、そんなことになれば…)

比嘉と氷帝の溝は決定的。
さらに比嘉は孤立してしまう。
氷帝の部長としてならそれでも構わないかもしれないが…。
彼は海側のリーダーで、この非常事態を生き抜き、全員を無事に帰す…という役を引き受けたのだ。
これ以上の学校間での軋轢や混乱は避けるべきだ。
だから…

「木手君は、ここで待っていてください」

少し笑ってみせると、曇った表情のまま木手君はうなずいた。
それから僕は比嘉のロッジを後にし、再び跡部君の背を追った。

********

「跡部君」

やっと追いつき、声をかけても振り向きやしない。

「一度、山側の広場に向かうんですか?」
「ああ」

何か新しい情報が入っているかもしれない。
無言で先を歩く跡部君の背中を観察する。
暗闇を恐れず、真っ直ぐ歩を進めるピンと伸びた背筋。

「意外でした」
「何がだ」
「安積さんのために頭を下げるなんて」
「別に。安積のためだからってわけじゃねぇ。」

手元の懐中電灯は、迷うことなく森の出口を照らしている。

「他の部員でも同じことをする。」

”それで、無事戻るなら。”と、涼しい声で続ける。
部員を預かる部長としてやるべきことをやっただけだと彼は言いたいのだろう。
プライドが高く、超がつくほどナルシストで有名な彼が、他人のために頭を下げているのがとても意外だったのだ。

「一つ、質問してもいいですか?」

僕の問いかけに、跡部君は視線だけこちらによこした。
彼が振り返ったのはほんの一瞬だけだったが、OKだと受け取ることにした。
僕はまたその背中に話しかける。

「もし、怪我をさせられたのが男子部員でも…」

いや、この際聞きたい事は素直に訊いてしまおう。
奥歯を噛み締めて怒り震えていたあれは、

「安積さんだったから、あんなに怒ったんですか?」

木手君が安積さんを蹴ったと聞いた時の表情。
怒りをこらえ、硬く握る拳に浮き出た血管や、上気した目の周りを見て、僕は跡部景吾という男に好感を抱いた。
涼しい顔の下に隠し持っている人間臭さに。

彼が、”安積さんをどんな風に思っているのか興味がある。

懐中電灯の光は真っ直ぐ正面を照らしている。
暗闇を恐れることなくピンと伸びた背筋。
そして、彼は答えた。
短い言葉で。

「Yes」

満天の星空が頭上に広がる。
星や月の光を覆い隠していた真っ暗闇の森を抜けた。





prev / next

拍手
しおりを挟む

[ 目次へ戻る ]
[ Topへ戻る ]