その6 比嘉の殺し屋と遭遇 肉に飢えた狼さん達がいっぱい。 ****** 無人島遭難生活2日目 PM12:30 「また…草…」 昼食に出てきた野菜中心の食事を見て、丸井さんがうめいた。 超絶イライラオーラを放っている、触るな危険状態である。 最後の一口を放り込んだ丸井さんは、突然立ち上がり、叫んだ。 「動物性タンパク質を摂取したい野郎はこの指と〜まれィ!!」 「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」 この指止まった同志は海側メンバーの3分の2にも及んだ。 みな、目が血走っている。 昨日から精進料理のような食事ばかりで禁断症状が出始めているみたい…こ、怖いんですけど。 腹をすかせたスポーツマンたちはフォークを天に突き上げる。 「狩るぞ!獲るぞ!ウサギでもドジョウでもなんでもいい!とにかくタンパク質だ!」 「動物性タンパク質万歳!」 「やるぞ〜やってやるぞ!!」 「俺たちは草食動物じゃねえんだ!」 「捕食される側じゃねえ!する側だ!」 「肉〜!肉〜!!」 食べ盛りの中学生男子の食に対するエネルギーはすごい。 その中でも人一倍食べることへの執着が強い丸井さんがリーダーとなり、 ”何がなんでも夕食に動物性タンパク質摂取作戦” こと、略して”DTS作戦”(おそらく動物性たんぱく質の意)が繰り広げられることになったのだ。 ********* 同日 PM13:30 広場の焚き火前に、自作の銛やつり道具をもった十数名のイケメンたち。 その姿はまさに狩人。 かなり殺気立っている。 本作戦リーダー、丸井さんの挨拶。 「野郎ども!必ずや獲物を持ち帰り、この轟々と燃える炎の中にぶち込んでやろうじゃねぃか!!」 「おおおおおおおおお!!」 リーダーの言葉に、狩人たちは雄たけびを上げる。 「死ぬ気でとれ!死んでも狩ってこい!って言うか獲れるまで帰ってくんな!」 「おおおおお!!!」 自然と沸き起こる”DTS”コール。 銛を天に突き上げ、吠えている。 「行けぇ〜〜ぃ!!」 丸井さんの掛け声でテンション最高潮の狩人達は散り散りに走っていった。 …や、野生化してる。 「すごいね」 呆然とイケメン達を見送った私の隣で、幸村さんが呟いた。 「本気ですね、みんな」 作戦に参加しなかったのは幸村さん、観月さん、跡部、樺地君…そして、姿が見えないのでたぶん、阿久津さんも。 「いいんじゃない?何事にも熱くなることは大切だよ」 「そうですね。」 幸村さんの言葉に観月さんがうなずいた。 私はみんなが去って行った方を見て呟く。 「でも、みんなテンション上がりきっちゃってたから怪我しないかな…」 完全に周りが見えてない感じだった。 「そんなに心配なら一緒に行ってきたら?」 幸村さんはフフフと笑って続ける。 「でも、お腹をすかせた狼ばかりだから近づくと危険かもね。気を付けなよ。」 イエス!デンジャラスウルフ、カモーン!! ってなもんですよ!と、心の中でガッツポーズをした。 ********* 「みんな…どこに行ったのかなぁ?」 イケメン達を探して森の中に入ってみたけど、人っ子一人見当たらない。 ハーフパンツ&短めのソックスで生い茂る草の中を歩くのは、かなり怖い。 虫に刺されたら嫌だし、蛇に噛まれのはもっと嫌。 早く癒しの美少年たちに合流したい… 「ん?」 はた、と私は気が付いた。 勢いよく森の中に飛び込んだけど、もしかして… 「海側に行った方が美味しかったんじゃない?」 水も滴る男前たちがウハウハいたんじゃない? 上着とか脱ぎ捨てちゃった真夏のシャイボーイたちの、きらめく素肌や筋肉を拝めたんじゃない? 彼らの日焼けした肌が水を弾く様子が脳内に映し出される… 「し、しまつた〜〜〜〜!!!!」 う、海だ!海に行かなくては! 無人島での思い出がメモリーが! 熱くハントする美少年達の鎖骨が!胸筋が!私を呼んでいるっ!! 「うお〜〜〜!!」 ただひたすらにイケメンたちのピチピチの素肌をイメージして草をかき分ける。 海を目指してがむしゃらに走っていたはずが、思わぬところに迷い込んでしまった。 森を抜けたところで人影を発見。 スラリと長い手足、美しい立ち姿、忘れるはずがない。 (比嘉の木手さんだ…) 思わず木陰に隠れる。 どうやら比嘉が使っているロッジに来てしまったみたい。 別にコソコソしなくてもいいんだけど、どうも跡部をよく思っていないようなので…氷帝部員としては何となく声が掛けづらい。 息を潜め様子を伺う。 「ハッ!」 木手さんは空手の稽古をしているみたい。 そういえば…比嘉中って琉球空手の使い手なんだっけ。 木手さんの腕がビュッと空を切るたび、キラキラ汗が飛び散って、 (き、木手さん…う、美しい。) 何ですか、その横顔。 何ですか、そのメガネ。 何ですか、その長い腕は。 興奮して荒い鼻息が漏れる。 初日にあんなことがあった比嘉中だけど、三人ともカッコイイのよね〜。 (ああ、見て見て!あの汗!タオルで拭ってあげたい!) い、いかん…木手さんが美しすぎて心拍数が…呼吸が乱れる。 瞬間、ものすごい殺気が飛んできた。 「誰だ!?」 「ぶひ!」 驚いて豚みたいな鳴き声を上げてしまった。 …と思った時には気配がすぐ側にあって、 「この息遣い…獣か!?」 獣と間違われ、木手さんの右キックを食らっていたのでした。 *********** 数分後、比嘉のロッジにて。 深々と私に頭を下げる木手さんがいた。 「すみません…」 「いっいえ」 琉球空手の使い手の強烈な右キックをくらっても、青アザだけですんでしまう頑丈な体が恥ずかしい。 「これくらい平気ですから、頭上げてください…!」 「でも…」 私の左肩にできたアザを申し訳なさそうにジッと見ている。 「これくらいの打撲、日常茶飯事ですし。」 そうそう。 鳳くんのスカッドサーブ直撃しても死なないもんね、私。 一時期アンドロイド疑惑まで浮上した呪われた体です。 「妙な息遣いが聞えてきたので…すっかり猪か何かだと」 い、猪ですか。 これからは森で美少年を見かけたら鼻息を自重しよう。 間違われて散弾銃で撃たれるかもしれない。 「あれ…」 私はロッジの中を見渡す。 「平子場さんと甲斐さんは?」 「食料調達を兼ねて探索に出かけてます。」 それは残念。美しい二人にお会いしたかった。 木手さんは濡れたタオルを私に差し出す。 小さく礼を言って受け取り、左肩に当てた。 沈黙が訪れる。 造りは私たちが泊まっているロッジと同じだった。 ただ、ここは海山どちらのロッジからも少しはぐれた場所にポツンと建っていて、孤立している。 比嘉は昨日の跡部との一件以来、ミーティングにも参加していなければ、食事も別で彼らがどんな風にここで過ごしているのか、私は把握できていない。 「あの…昨日はすみませんでした。ついカッとなってしまって…」 私の言葉に木手さんは顔を上げた。 ここで謝っておかないと、チャンスがないような気がしたのだ。 彼らが跡部と揉めた原因は私だし、跡部は私を思ってのあの行動だったのだから、誤解は解いておきたい。 「あの、でも…うちの部長があんな事言い出したのには事情があって…」 「いえ。我々も冷静ではなかったです。」 木手さんは首を横に振った。 「たしかに、幸村くんの言う通り…女子を一人で泊まらせるのは危険でしたよね」 小さく頭を下げる 「すみません」 木手さんが素直に詫びたのが意外だった。 比嘉は手段を選ばないラフプレーをすると噂で聞いている、正直言えば彼らのことを警戒していた。 何しでかすか分からない危険な学校…という先入観が私の中にあって、彼らが言いたいことに耳を傾けていなかったな、と反省したのだ。 こうして、この距離で向き合って話せば落ち着いて話ができる人なのに。 「あの…協力していただくことはできないんでしょうか?」 木手さんのメガネの奥を見つめて言った。 「こんな状況だし、みんなで力を合わしていかないと…」 「君がここに来たのは跡部くんの差し金ですか?」 「え…」 「比嘉を説得して来るよう、彼に頼まれたのですか?」 ピリ、と空気が震えた。 「いえ。違います、そうじゃなくて…」 木手さんの凄みの利いた睨みに、慌てて手を振る。 汗を噴き出し否定する私をしばらく見ていた木手さんは、ため息をつき、こう言った。 「我々がいなくても君たちに支障はないでしょう」 いえ、それが大いにあるのです。 こんな離れたロッジに泊まられるとですね、湯上りショットとか…色々とその…という邪な理由は口にできないけど。 目を泳がせている私を胡散臭そうに見る木手さん。 「全国大会も差し迫ったこの時期に合同合宿を行うなんて、何を企んでいるんですか?」 「企み?」 それは、跡部ではなく榊会長の企みですよ。 この合宿は選抜イケメン中学生との南の島ライフを過ごしたいっていう金持ちの道楽なのだ。 その金持ちは天罰が下ったのか、未だ行方不明だけども。 「氷帝は何も企んでません」 氷帝の選手達は。教師は別として。 「信用できませんね」 木手さんは吐き捨てるように言った。 どうしてそこまで疑うのだろう、と不思議顔をすると木手さんは言った。 「全国大会に出場する選手を集めて潰す気なんじゃないですか?」 思わぬ言葉に”え”とかすれた声が漏れた。 瞬きをする私に木手さんは冷たい視線をよこした。 「現に潰してるじゃないですか、跡部くんは」 「…跡部が?」 「手塚くんの左肩ですよ」 は 「成功してよかったですね」 頭に血が上りそうになった。 言いたいことはたくさんある。 あの試合がどれだけ大事なものだったか、二人がどんな思いで戦っていたのか… 爆発しそうになる。 だけど、 でも。 今朝、観月さんに言われた言葉を思い出す。 『周囲の目は色々あると思いますけど、頑張ってください全国。』 彼に淹れてもらった紅茶の香りを思い出して、心を落ち着ける。 (カッとなっちゃダメ。) 唇を噛み締めグッとこらえる。 木手さんは私の反応を見ているのかも。 ここで感情的になってはダメだ。 静かに、木手さんの目を見て左右に首を振った。 そうだ。 どんな風に思われても仕方がない、もともとうちは評判のいい学校じゃない。 部長は超ナルシストの自信家で反感を買うし、威勢のいい女子がいれば他校の部長の妹だろうとナンパするし。 相手の弱点を突きまくっていたぶり倒して敗北を味わわせるとかいう、趣味の悪いプレイスタイルだし… (いや、ほとんど跡部のせいなんだけど。) だけども、あの部長は他人を陥れたりなんかしない。 強い人間と真正面でぶつかり、突き崩して勝つ自信があるのだ、跡部は。 だからライバルを背後から襲って潰すなんてことしない。 「そんなつまんない事、跡部はしません。」 あの御曹司はそんなしょうもない事しないのだ。 私の目をジッと見ていた木手さんは小さくため息をつき視線を外した。 「そうですか。」 「え…」 「君が跡部君を信じている、ということは分かりました。」 顔を上げた私を木手さんは遮る。 「ただ、勝つためには手段を選ばない。そういう奴がいることも知っている」 立ち上がり窓の外を見つめる比嘉中の部長。 「我々がそうであるようにね」 窓ガラスに映る木手さんの目に宿る勝利への執着。 冷たくって、でも何かが静かに燃えている瞳にゾクリ…とした。 根本に流れるものは同じなような気がするのに…誤解が埋まらない。 「君たちと行動を共にすることはできません。」 時間が必要かもしれない。 「わかりました…」 私も立ち上がる。 また来ます…そう言おうとした時、 「本当に跡部くんは関係ないのですか?」 窓の外を見つめたまま木手さんは言った。 「関係ないもなにも…」 「この遭難劇は彼が仕組んだものじゃないのかと私は考えています。」 「だから、そんなはず…」 「君も跡部君に騙されているのかもしれませんね」 すうと目を細める。 「それとも…よほど君を信用していないのか」 跡部が私のこと信用してないですって? そりゃもちろん、 「私は信用されてませんよ、むしろいつも要注意人物として監視されています」 即答すると木手さんは少し驚いていた。 私を揺さぶる皮肉のつもりで言ったんでしょうけども、残念ながらイエスです。 彼が私がイケメン部員と出かける時必ず言う台詞を知っていますか? 『盗聴盗撮の疑いがあれば躊躇せず、110番しろ』 私の行動次第でいつでも警察に売り渡す心意気でございますよ。 あいつはね、そういう奴なんですよ。 何せ自分の部活の監督の弱み握って失脚させ、部の全権を握っちゃった男ですからね。 跡部が私を信用してない、なんてこたぁ百も承知の助なのよね〜…。 「木手さん」 比嘉部長は少し混乱した様子で私を見ていた。 だけど今、私はあなたに伝えたい。 心から、お願いしたい。 「…もし…」 もしも… 「跡部の顔を狙わず、即効で倒す方法があるなら教えてください」 よろしくお願いいたします、と頭を下げ私はロッジを出た。 prev / next 拍手 しおりを挟む [ 目次へ戻る ] [ Topへ戻る ] |